大太法師語録 『探求雑話集』

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2006年1月29日(日) 一言申す  (NO.30)
私が学生だった頃の話を続け様と思う。
矢張り、先輩からの紹介で、インドの留学生と知り合った。
この人は、バラモン(司祭階級)の中でも最高位のバラモン出身だったらしいが、私には『天竺から来た聖人』そのものに
見えた。
英語、フランス語、ドイツ語、日本語、その他諸々を自在に操り、4桁の九九算をこなし、円周率πを10万桁だか100万桁を
暗記しているのみならず、我々が必要としていた工学系の専門書を殆ど暗記していたので、知らない事は無かったと
言っても良かったと思う。
更に、神秘的な能力を持っていたので、私は、この人を心から敬い「バラモンさん」と呼んで、親しくしていた。
私と仲の良かった、東大大学院の博士課程を卒業し、私達に応用数学を講義していた講師にも、このバラモンさんを
紹介した所、「日本国内で、この人に追い着く人は居ないだろう?」と言わしめた程だ。
私には、この様な凄い人が、何故、アメリカでは無く日本に留学し、どうして東大に行かなかったのか?甚だ疑問だったので、
尋ねた所、「東大に入るのは、簡単だが、神の意思が働いて居なかったからだ」と言われた。
私達から見て、天才的なバラモンさんでさえも、インドでの学生時代はトップに成れず、20番以下の成績だったと言うのだから、
驚きを通り越し呆れてしまったと言うのも去る事ながら、この人達の感覚には別の意味で、驚きであった。
つくづく、世界は広く層は厚いのだと思う。

バラモンさんがインドに帰国後、先輩、講師を含む仲良しグル−プの何人かは、バラモンさんを尋ねインドに行ったが、
帰国したら、皆人間がすっかり変わっていた。
どうやら、バラモンさんの紹介で、インドの頭脳達に会わせてもらったらしい。
初めは、赤痢に感染し、一時的に隔離されていたので、脳にバイ菌でも入って、突然変異を起こしたのかと思ったら、
インドでの話を聞いて得心した。
内容は伏せるが、日本人に残されている能力は、『勤勉、器用、工夫』しかなさそうだと実感したのもこの時だ。
今から、20年近く前の話だが、この時感じた諸々は、現実と成っている。

『人間も国家も向上しようと欲する時は、己より優れた人達と交わるのが一番良い方法である』
当たり前の事なのだが、この事を忘れている日本人が実に多い。
2006年1月29日(日) 一言申す
私が学生だった頃の話、短い付き合いでは有ったが、先輩の紹介で中国本土からの国費留学生と知り合った。
この人は、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、日本語が堪能な上に四書五経を暗記し、武術にも通じ温厚で懐の深い
大人(たいじん)であった。
私は、この人を心から尊敬していた。
この頃の留学生を間近で見ていた私達は、内心「例え東大を出て、一類(国家公務員上級試験)で外務省に入れても、
この人達を相手にしたら、とても敵わないだろう?」と誰もが感じていた。
案の定、日本の外交政策を見ていると、単なる杞憂では無く現実と成っている。
私は、この留学生から生涯通用する学問を授かったが、その中でも、この言葉を忘れた事は無い。
「飢えに苦しむ時、釣った魚を恵んでくれる人は、友人だが、魚の釣り方を教えてくれる人は、生涯の恩人である。
お金で魚を売ってくれる人は、単なる商売上の関係でしかないが、もし、恩人に魚が取れなくなった場合、自身の分が無く成ると
言えども自身の魚は喜んで提供する。
ただし、人の交わりとは、互いに相手を良く見て理解しなければ成らない。
もし、小人(しょうじん)に、魚釣りを教えてしまえば、好からぬ事を始め出し、何れは巡り巡って、自身に害が及ぶ。
仮に、教を受けるとしても、小人から釣りを習った所で、然程の役立つ知識など無く、恩ばかり大きく成り、反って害が多く自身を
危くする。」
と言ったものだ。
何故、この言葉を引き合いに出したのか真意を、話す気は無いが、思い当たる節が無いか、良く考えれば解ると思う。

『驕り』とは、人の目を曇らせる一番の要因であるが、この様な人には、大人が側に居ても気が付かないし、尤も大人には相手に
もされない。
「痛狂笑不酔酷睡嘲覚者」(愚か者が賢者を笑い、嘲るの例え)
この様な足元が緩い者の器量など、丈は知れている。
『謙虚』とは、運を呼び込み、人の輪を広げる基礎であり、自身を利する処世術の基本である。
2006年1月29日(日) 一言申す
寿解夢先生は、「マ−ケットは浮気者、何時、気変わりするか解らない」と申されているが、人の為す業なので尤もである。
日常生活に於いても同じ事が言えるのは、誰しも異論の無い所であろう。
『人気(人の心)は、魅力あるもの、価値あるものへと移り代わり、色褪せたものは、何時の間にか忘れ去られてしまうもので
ある。』
相手にする対象は、『他人の気なのか?自身の心なのか?』良く考える必要がある。
他人に忘れ去られても『無価値』とは言わないが、『備わっていた実力』と言うより、単に巡り合せが良かったに過ぎないのかも
知れない。
往々に、自己評価の高過ぎる人は、足元が脆いものである。
2006年1月29日(日) 心の呟き
先程、松田師匠と長電話をした。
20〜30分程で終える積もりでいたが、勢い余って、1時間以上に及んでしまい、職務中の松田師匠には大変、御迷惑を掛けて
しまったが、まだ言い足りないので、ここに記す事にした。

為替取引の重要性についてだが、為替業界関係諸氏を含め事業家、個人投資家に至るまで認識が、甘い様に感じる。
単なる金儲けの一手段程度に過ぎないと思われがちだが、実際は、それより遥かに重要性が高い。
日本は、少子高齢化が急速に進み、国外に目を向ければ、産業構造の転換が世界的規模で行われ、日本の製造業は、
凡庸品を生産しても成立しなく成っている。
技能・技術も流出し、一部を除いて、第三国の追随は、そこまで迫っているのだ。
冷静に考えてみよう!
今の豊かさは、海外との貿易で、利益を上げているから成り立っているが、富を得る前提が揺らいで居るのだ。
今から、4〜5年程前、今日の有り様を親しい人に話して聞かせたが、当時は誰も私の話を信じなかった。
何も私が抱いた適当な妄想ではなく、一部の財界人は既に見通していた事なのだ。
約一年半前、このサイトを立ち上げる時、挨拶文に掲げている。
松田師匠と知り合った、2年前、会ったその日に、私は、これらの事を申し上げた。
3年以上前、ある方々には、口が酸っぱくなる程、申し上げたが、駄目であった。
過去の事をトヤカク言った所で、取り返しは付かない。
人口が減少して行く過程に於いては、当然の事、資産保有者の減少も意味する。
成長力が無ければ、相応の維持は出来ず、それだけ、将来の価値は低下する可能性が高まると言う事だ。
単に国内の価値を日本人同士で、やり取りしていても、限界があるのだ。
何度も言うが、一部の資産家は、相応の対策を既にしている。
先の書き込みで、『大方は、落花生』と言うのは、これらの深い意味合いを持たせての事だ。

松田師匠には、為替取引が多くの人々に役立てられる様な、投資家教育に力を注いで欲しいと改めて御願いをした。
安っぽい儲け話などでは、個人レベルでも余り役には立たない。
諸々を考えれば、為替取引と言うのは、個人でも世界を相手に、『富』のやり取りが行える事であり、日本人が利益を得ると
言うのは、日本の将来にも関わる一大事なのである。
2006年1月29日(日) 一言申す
今週は、話題も多く何を述べたものか迷う。
そこで、身近な出来事を語ってみたいと思う。

今年栽培した『落花生』を一昨日収穫した。
大した作付けでは無いので収穫量など知れたものだが、私にとっては、ささやかな喜びである。
収穫した落花生を新聞紙に広げ干していたのだが、幾つかをカラスに略奪されてしまった。
これも施しの一つであるから、何とも思わないが、『投資家・事業家』と『投機家』との関係に同じなのだ。
つまり、『手を掛けながら育て上げる立場』と『存在価値を単に動かすだけの立場』である。
一見するとカラスは楽で、ズルイ様に見えるが、見込みを付けて相応のリスクを負いながら、餌を漁っている。
一方の生産側は、生産工程を踏めば相応の収穫を得られると思われがちだが、やり方や扱いが悪ければ、収穫は得られないリスクを持つ。
どちらの道を選択するかは、各々考えはあろうが、現実は、自身の考えとは程遠く、どちらの立場にも成れず、『落花生』と同様、どの道喰われる立場に陥っている場合が大方である。
物事の道理を知る事は、特別難しい本を読まなくとも、日常生活で起きている事がヒントに成っているものだ。
2006年1月29日(日) 質問に対する回答  (NO.25)
今回は、何時もと違った話題を取り上げたいと思います。
知らない方から、「占いは当たるのか?相場に占いは有効か?」斯様な要旨のお尋ねを戴きました。
『影の世界』の事は、余り世間に知らしめると神秘性が失われ『有難み』が無くなりますので、程々にしますが、時々、知人等にも
聞かれる事が有りますので、簡単に回答致します。

西洋占星術、易、バラモン占星術、道教占星術(易以外の占術)、ユダヤ占星術などの理論は、相場にも通じる所があり、
特に『罫線』の利用について、応用可能な部分は充分備わっているので、研究する価値はあり、趣味としても面白いテ−マだと
思います。
しかし、余り占い等に懲り過ぎると諸々の面で破綻を来し碌な事に成りません。

「占いは当たるのか?」と言う事ですが、是は認識がズレています。
哲学的な違いは諸々とあるでしょうが、『占術』は道具に過ぎないと考えて戴ければ解り易いと思います。
つまり、『占術』が何であろうと「当てられる人」は当たるし、「当てられない人」は当たりません。
『占者』の能力が、何より重要であり、『占術』は、単に能力を発揮する為の切っ掛けに過ぎないのです。
占断能力が高い人で、後天的努力や学識から、この能力を身に付けた人は先ず居ません。
先天的才能の一種だろうと思います。
ですから、修行をして身につくものでもなく、誰にでも真似出来る事ではないのです。

最近、テレビで話題になっている人の殆どが、良くても『中の中』程度以下だろうと思います。
『上』の範疇に入る人は、世間に名を出したり、庶民相手の大衆相談は絶対に行いません。
能力に優れ信用の置ける一角の者は、大概、『政界、財界、裏社会』の何処からか声が掛かり、秘密が漏れない様、専属と
成ってしまうからです。
大袈裟に聞こえるかも知れませんが、一歩間違うと命の保障は無いので、誰にでも務まる程、楽な仕事ではありません。

占いに頼りたく成っている場合、気持ちが萎えている時だろうと思いますので、占いに頼り安心を得ようとする事より、心身ともに、
リフレッシュする事の方が、何より一番の良薬だろうと
思います。
2006年1月29日(日) 一言申す
最近、『為替取引』に関する書籍が多く出版される様に成り、未だ数は少ないものの参考に成り得る素晴しい内容の書籍が
出版されて来た事に有難く思っています。
このサイトも一つの役割を終え始めて来た様に感じ、内心ホットしています。

 先月、今井雅人氏著作の「外国為替トレ−ド 勝利の方程式」を拝読した際、冒頭に麻雀の記述があり、私も学生時代、
先輩から麻雀の手解きを受け、楽しかった頃の諸々を思い出していましたが、丁度、なじみの電気屋に出かけた際、
パソコンゲ-ムソフトが選り取り3点1,000円の在庫処分バ−ゲンをしていたので、『麻雀、囲碁、五目並べ』をついつい購入して
しまいました。
コンピュ-タ-は、対人戦とは違い、感情的にも成らず、ミスも無く淡々と打ち、どの様な揚がり手だろうと躊躇無く勝ちを狙って
きますので、可也楽しめます。
勝負事は、この冷徹さが大切なので、改めて参考に成りました。

私の事を良く知らない人に、「ギャンブルが好きなのか?」と聞かれましたが、私は一切ギャンブルには手を出しません。
何故なら、『運の無駄遣い』をするからです。
ギャンブルと言うのは、儲ける事よりも、興奮を楽しむ事が目的らしいのですが、僅かな代償で運を摩るのは、割りに合いません。
お金の『倹約家』は良く聞く話ですが、運の『倹約家』は滅多に居らず、仮に天命を全うしたいと願うならば、運の『倹約』も
大切と言う事です。
巷の占い師でさえ、この扱い方を充分知らない人が多いのですから、無理もない話ですが、勝負の世界に身を置く人は、
よくよく身を慎まないと、下らない事で代償を払う羽目になります。
私は、多くの『不運者』を相手にしてきましたが、殆どの場合『当然の報いである』と言うのが、偽ざる感想でした。
2006年1月29日(日) 一言申す
昨日、朝のテレビ番組で、ある政治家の発言に耳を疑いました。
「一般家庭での株式保有率を高め配当所得で、家計の目減り所得を埋めましょう〜云々」などと申されていましたが、
流石に、「それは、株屋の発想で、政治家としての考えが足りてない」と窘められました。
投資立国を目指す事自体は、大変結構な政策論であります。
しかし、現状を鑑みると、『相次ぐ粉飾決算やインサイダ−取引、複雑な税制と申告方法』と投資環境の不備が多く、
一般大衆が安心して、経済活動を行える条件が整備されているとは、思えません。
この様な閉塞的投資環境を改革し、内外の投資家から『魅力ある市場』として、投資資本を呼び込み、活発に経済活動を
行える場を構築する事こそが、先決であり政治の役目だろうと、私は考えます。
それに、投資活動は、『株』だけが全てではありませんから、投資活動全般を視野に入れた、抜本的改革『規制緩和、税制の
軽減と簡素化、反則者に対する罰則の強化』等が求められている筈です。
目先だけの浅はかな考えでは、反って、投資家を痛め付け不信を買い、結局は投資離れを引き起こします。

私の持論、
「日本は、香港、シンガポ−ルに学び、投資環境を整備し充実を図るべきである」
金融関係者に拘らず、同じ思いに駆られている人の方が、遥かに多い筈です。
2006年1月29日(日) 一言申す
知人に「何時までも麻雀の研究などせず、たまには書き込みを行え」と言われました。
ゲ−ムの研究と言うのは、案外と実生活に応用可能なノウハウを学べるので馬鹿には出来ません。
その事は、さて置き、人生訓の講釈を始めるとしましょう!

『雌鶏歌えば家滅ぶ』と言う故事を御存知の方も多いと思います。
これは、『雌鶏が雄鶏に先んじて時を告げて鳴くのは不吉な兆しである』との例え話ですが、辞書の解説では、
「妻が夫を出し抜いて、物事に口を挟み権勢を振るう様な家は、やがて滅びる」と在ります。
しかし、実生活に於いては、雌鶏が時を告げていた方が、物事上手く運ぶ場合もあるので、一概に、この様な故事が、
そのまま当て嵌まるとは言い切れず、雄鶏が『阿呆鶏』の場合も有得ますので、よくよく観察しなければ、正しい判断を下すのは
難しいです。
この度、何を言いたいのかと言えば、
@故事の解釈通り、『物事を破滅に向わせてしまう存在』
A『予め物事の予兆を察知し、利用している存在』
B『単に騒がしいだけで、余り役に立たない存在』
この世には、これら三者の存在が、大きく関わりを為していると言う事です。
Aの人は、滅多に居ませんが、時々見かけます。
殆どの場合は、Bに属する人達なので、迷惑するのは、周囲のみで済む話ですから、大事ではありませんが、厄介なのは、
矢張り@だろうと思います。
では、「悪しき雌鶏」を見抜くコツを明かします。
@.目元、口元の『相』に兆候は現れています。(普通では、判断出来ないと思います)
A.自己顕示欲が強く、見栄っ張りで他人との競争を好み『優越感』を楽しむ傾向にある
B.他人から、『物事を奪う行為』を楽しむ
C.関係した人の多くが、不幸に成っている
D.2〜3面性を持ち平気で、嘘を言える
E.責任転換が多い
まだ有りますが、簡単に見極めの就く特徴は、以上の通りです。
所謂、『悪女タイプの人』に多く見受けられると思いますが、往々にして、異性を惹きつける魅力(魔力に近い感じ)が強く、
同性からは、疎まれる人が多いのもの特徴の一つです。
また、表面的には、夜叉を隠している人が多いので、見極めの難しいタイプでもあります。
この手合いに、見込まれ『色香』に引っ掛かるのは、因果が巡っての事ですから、身から出た錆と諦める方が宜しいと言えます。
「悪しき雌鶏」と「やり手ババア」の違いは、他人を巻き添えに不幸を招くか否かの違いなので、一般的には判断が難しいかも
知れません。

最近、『落下傘』と世間で騒がれた人の中に、この『相』を強く持ち合わせて居る人が数人程居り、『天下御免の悪しき雌鶏』と
成らねば良いがと心配をしています。
『毒を以って毒を制す』の内は良いのですが、制御不能に陥った時、毒は本来の毒性を発揮する事に成ります。
一度、毒を取り入れてしまうと、人体でも天下でも毒を下すのは、相当厄介な事なのです。
2006年1月29日(日) 感激の一冊  (NO.21)
非常に役立つ素晴しい参考書籍を紹介したいと思います。

「外国為替トレ−ド 勝利の方程式」 今井雅人著 日本実業出版社

この本は、為替投資の戦略基盤を構築する上で必要不可欠な事柄が、余す事無く記載され、しかも難解な言葉では無く
容易に解釈出来る様、親切丁寧に書かれて居り、今迄、為替投資を行う個人投資家の多くが、全く知らずに居た『肝要』部分に、
鋭く切り込む内容の著作です。
価格は1,800円と比較的安価なのですが、内容から見れば、計り知れない程の価値を有しています。
為替投資を行う個人投資家にとって、『為替投資の聖典』と言っても過言ではありません。
今後、この様な優れた内容の著作が多く執筆されれば、為替投資に対する理解も深まり、金融立国『日本』の礎を築く貴重な
道標として、その偉業は後世にも受け継がれる事と成るでしょう。
今井雅人氏には、心より感謝と敬意を表したいと思います。
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