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| 2008年2月13日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 41 No.130 |
前回の続き
蒲池さんに言った事は本人も心の奥で、ある程度承知していた事だろうと思います。
誰にでも軽いスランプは当然の出来事であり、それが長引くと不調の波を生み、そこに何かの切っ掛けが重なり転落に
つながって行く、その様な光景を目の当たりにする事が多ければ、それだけ身につまされるもので、プロの世界、競争に
勝ち抜く世界とは、常に、こうした状況の中、如何に『負の連鎖』を止められるのかが、大きな分かれ道に成って行きます。
誰かに責任を押し付けてしまえば済む人や競争とは無縁の世界に住む人には、恐らく、理解の届かない事かもしれません。
私は、『小さなリス』が荒波を越えて、夢を追い続けけながら生きて行きたいのなら、不要な事は気にせず、肝心な事を
確り受け止めておける様な話が、彼女にとって一番役立つものと思いました。
自らが望み挑む道には、必ず、『山あり、谷あり、落とし穴あり』、これは避けて通れません。
そこで、先ず、その方策の中から即効性の見込めそうな事だけを話そうと、1月16日に記したインド人留学生と中国人
留学生達から学んだ事を話した上で、『コメットさん計画』の次に進めて行く計画を話しました。
蒲池さんに話した内容は、掲載したものよりも実用的に使い易くしてあり、新しい計画は、『クラッカ−・ハ−ト計画』と、
命名しておきましたが、これらの内容は二人の秘密にします。
ただ、蒲池さんには、
「一時の感情を深い意味も解からず単に知っている言葉だけ並べて躍らせながら綴った薄い人と心に筋金を刻み込み
ながら積み上げて歩む人との厚みの違いが、さっちゃんとウサちゃんとの差に顕れて現在がある。
言葉や知識は、自分の生きた心を伝えて行く為の一つでしかない。
その心の有様は、やがて姿に表れ人に伝わるものだ。」
この部分を充分に言い聞かせてあるので、伝わっている筈です。
こうして、私が必要な事を話し終えると、蒲池さんは、「ウサちゃん、ありがとう!!」と言いながら拍手をしていました。
彼女の非常に喜んでいる姿を見て私も本望でした。
私自身、この場所を去らねば成らなく成った場合、この日が最後の会談と成る可能性もあり、彼女には事情を話す訳にも
行かないので、後々恨まれるかも知れないが、今、この時出来る事をしてあげたかったのです。
私が彼女に成り代り行える事は何もありませんが、切っ掛けを掴ませてあげるのは、私の得意分野ですから、それが
せめてもの気持ちでした。
もし、彼女の翼が折れて立ち止る事があったとしても、足元を確りさせておけば、必ず時期が来た時、再び自ら翼を
修理して飛び続けられるだろうと、そう期待を込め彼女の心に小さな種を蒔いておきました。
この時、彼女は目先の事にしか気がつかず、その場での感謝をしていましたが、本当の意味で心に蒔いた種が芽を出し、
その事に気付き素直な気持ちで受け止められ感謝できたのは数年経った、つい最近の事だろうと思います。
話し終わった後の「ウサちゃん、ありがとう!!」までは、良かったのですが、蒲池さんはスッカリ勢いがついてしまい、
「やっぱり、ウサちゃんは、さっちゃんの同志だよ!
もっと、たくさん話をしよう。
どうでも良い事なんか止めて、さっちゃんと一緒に東京へ帰ろう。」
などと言い出し、私の腕を掴んで引っ張り出したので、私も困ってしまい、
「さっちゃん、さすがにウサちゃんも疲れて集中力が続かないから、もう勘弁して〜
東京に戻る元気は無いから、宿舎に帰って、養命酒のレモンスカッシュ割りを飲んで寝る!
これ以上、さっちゃんと話を続けてたら、『イナズマン』に変身しそうだよ〜」
と言ったのですが、意味が通じなかった様で、蒲池さんは一層喜んでしまい、
「え〜本当〜、ウサちゃん凄いよ〜変身も出来るんだ!!
どんな風になるのか、今すぐ見せて〜」
との具合で、余計な事を言うと返って深みに嵌り出すので、早く会談を終えようと、「今日は、これでお仕舞い!」と
言いながら、彼女の腕を引っ張り上げて立たせたのですが、彼女は直ぐに座ってしまい、挙句の果てに
「ウサちゃんは、もっと強くて何時でも頑張れる人に成らないとダメだよ〜
これからは、どんどんパワ−アップして・・・」
などと、話の収拾が付かなく成り、何度も彼女を立たせたり座ったりの繰り返しになってしまい、私も好い加減可笑しくて
体中の力が抜けてしまいました。
仕方が無いので、「夕方のお勤めで、一日の感謝を捧げなきゃならないから、この位で許してください。」と、頭を下げて
頼んだ所、漸く帰る事を承諾してくれて会談を終える事は出来ましたが、以後の会談では、た〜っぷり時間を取る様に
約束させられました。
私は、『少し不安にさせておいた方が、大人しく成って善い薬だったかな?』と思いましたが、陽気にはしゃぐ蒲池さんは、
とても素適でしたから、『取り敢えず、こんな所だろう!』と、納得しておきました。
歩きながら駅まで送る途中、蒲池さんは何やら可にやら色々な事を言っていたのですが、疲れ果てていた私は気に
留める気力も尽きて、内容は殆ど忘れてしまい記憶ノ−トにも記せませんでした。
ただ、「ウサちゃんは、絶〜対、変な女の子に付いて行かないって約束して!」と、言っていたのだけは覚えています。
余程、「変な女の子って、オマエの事か?」と、訊こうと思いましたが、余計な事を言うのは止めておき、
「心配しなくても、お菓子をくれない人には絶〜対、付いて行かないから大丈夫だよ!」
と、言いましたら、それ以上、何も話さなく成りました。
こうして蒲池さんを駅まで送り届けた後、夕の勤行を終え夕食に成りましたが、おかずは大嫌いな高野豆腐の煮物のみで、
『弱り目に祟り目、運のない時は最後までトホホだな!』と、意気消沈しながら梅干一個で我慢しました。
誰か言っていましたが、「腹に入れば、何でも皆同じ!」だそうです。
修行の全く足りない私には、今でも『覇気の無い濡れたスポンジ風味』の様な、この食料品は嫌いで、関西に来て初めて
食べた時、台所にある使い古した海綿を間違えて煮込んだものかと勘違いした程です。
それ故、人を諭す時にも、好き嫌いをするなら筋を通した好き嫌いをする様に勧めていますが、「感謝が足りない!」と、
言われてしまえば、その通りかも知れません。
仕方なく宿舎に戻りましたが、夕食後には間食をしないので、『何て厄日だ!』と、疲れが一気に出て動く気には成れず
呆けていましたが、外には皓々と美しい月が浮かんでいるので、気を取り直し養命酒のレモンスカッシュ割りを作り、
月を眺めながら、
「今日、好きだと言っていた、あの曲を作った人と再会しました。
かぐや姫は、どの様な人か?訊かれましたよ。
返事に困りました・・・
この前に会った時、かぐや姫は月に住んで居ないと言っておいた本当の意味を理解していない様です。
この意味が解かって来ないと、何かにつけて難しいと思います・・・
人の厚みなんて、簡単に出来ないのは仕方ありませんか?
近い先、あの人は必ず転ぶでしょうが、転んだ後、それでも踏み止まれるか?どうか?正念場が来ます。
私は、背伸びしながら無理をするよりも誰かと結婚して人生を分かち合いながら歩む方が良いと思いますけど・・・
辛い使命を背負う事なんかよりも、女としての幸せを選んで欲しいと願っています。
平凡だけど誰かを愛し普通の暮らしをしていた方が幸せな場合もありますよね?
きっと、迷うでしょう。
多分、通り抜けた後、あの曲を歌う筈ですが、その時迄に対等に成れるまで、成長して欲しいとは言いません。
背中が見える位置に居られれば良いのですが、不要な曲調のアレンジで終るのが精一杯ではないでしょうか?
堂々とぶつかって行ける様なら、その先も心配はありませんが、どの程度、人としての厚みが出ているのか・・・
技術面だけに目が奪われ過ぎて、肝心な事が殆ど観えていないのです。
環境も芳しくないから、成長は難しい筈です。
残念だけど約束を果たせる見込みは難しいと承知しています・・・
心の詩と近況報告では、意義が違いますから・・・私には他人の近況報告なんて必要も意味も感じません。
切っ掛けを与えてくれたのは、あの人の方だったのかも知れないと思うと胸が痛みます。
これも人との不思議な巡り会いと言うものなのでしょうか?
初めて会った時、互いの心が直ぐに解かり合える人なんて、滅多にいませんか?
心の通じ合う人を探すのは難しいと言ってましたよね。
あの人も初めて会った気がしないと同じ事を言っていましたよ。
でも、私とは住む世界が違うし道の交わる事もない人ですから、仕方ありませんよね?
出会った状況が違っていれば、壁を作る必要なんてありませんでした・・・
だけど、あの人と会えて、勇姿を見ていたら励みに成りました。
何処か無邪気で優しい素適な人です。
本当は、多くの人の心に届く宝ものに成って欲しいと願っています。
最低限の事は渡しておきましたから、これで思い残す事無く新しいカ−ドを切る準備が始められます。
心が別の世界へ行っても悲しまないでくださいね。
何時か胸を張って報告出来る様に精進します。」
蒲池さんが月に居ると思い込んでいる『かぐや姫』に、この様に告げて養命酒のレモンスカッシュ割りを飲みました。
次回に続く
(追記)
先週、知人から浦和辺りの名物で、『うさぎ最中』を頂戴しました。
この掲示板を読む一人ですから、様々な意味を込めての事だろうと思います。
私自身としては、この歳に成り、自身を「うさぎのウサちゃん」と呼ぶのは何とも恥ずかしい限りです。
しかし、蒲池さんの気持ちを大切にしたいと思い、このまま変らず、「うさぎのウサちゃん」でいる積りです。
馬鹿な事かも知れませんが、この掲示板を読む方々の殆どは、相応の歳でしょうから、『惻隠の情』も理解戴ける
事でしょう。 |
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| 2008年2月6日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 40 |
前回の続き
私は蒲池さんなら、ある程度の事は充分消化して行くだろうと思い様々な話をしてきましたが、何となく歯車の噛合いに
不安を感じていました。
本人が納得しようとしない部分はある程度承知していましたが、肝心な基本部分を見失っているので、ここを埋めなければ、
今後、どの様な話を進めたとしても何の実りも期待出来ません。
蒲池さんから、「同志の筈なのに嘘をついた!」等と言われ少々押し問答に成りましたが、『そもそも同志とは何か?』、
それよりも、基本である『志とは何か?』、それ以前に、『志よりも先に何が必要なのか?』、ここから解り易く説く必要性を
強く感じたのです。
世間では、この基本の土台に成る部分を殆ど重視していない様な気がします。
私は出掛ける事を完全に諦めて、蒲池さんに基本を話しておくべきだと思い、
「さっちゃんには、同志云々を言うよりも先に教えておかなければ成らない事がある様だ。
この話は、ある人と会談をした時の話だけど、その通りに話しても、さっちゃんには何を言っているのか解らないだろうから、
解り易く簡単に説明しよう。
真直ぐ向こうを見ると、カラスが飛んでるのが見えるだろう?
鳥が大空を飛んでる姿は自由な感じがするから、詩や歌にも良く使われてるのは承知の通りだ。
鳥の様に翼があって自由に何処へでも飛んで行けたら、さぞかし良いだろうな?そう思えるからだろう。
鳥にも、鶴やらスズメやら、大きいのから小さいのまで様々な形をしたものがいるし、鷹の様に単独でいるのやムクドリの
様に群れて生活しているのやら、色々な生き方をしているものがいる。
南方のジャングルやアマゾンの奥地には色とりどりの派手なものから、日本の雷鳥の様に地味で目立たないものもいて
様々な色や姿をしたもので溢れている。
ペンギンの様に海を自由に泳げるものもいれば、ダチョウの様に早く走れるものもいて、それぞれ環境に応じた特技を
持って生きているものや、ウグイスやカナリヤの様に綺麗なさえずりをする鳥も多い。
鳥は多種多様な世界を造り上げているけど、どんなに姿が綺麗でも、どんなに歌声が綺麗でも、どんなに凄い特技が
あっても、所詮、鳥は『土足』に過ぎない。
当然と言えば、当然の話だけど履物を履いてる鳥は、この世にいないよ。
鳥は何かの原因で羽が抜けたり、体のバランスが取れなくなったりした瞬間から飛べなくなる。
どの道、歳を取れば必ず限界が来て、飛べなくなる運命が待ってる。
その時、自由に空を飛べ無くなった鳥に、一体どんな幸せが待っているのだろうか?
さっきは、『リス』と『マムシ』を交換して、さっちゃんをからかったけど、飛べない鳥の代名詞、『ペンギン』と『ダチョウ』の
住む場所を入れ換えながえら考えてごらん。
ペンギンをサバンナの真ん中に放した途端、鈍いペンギンは他の動物に食べられちゃうし、速く走れても真冬の南極で
耐寒性に適応していないダチョウを放しても直ぐに凍死して死ぬだけさ。
海に潜れなければ餌が無いから、南極に放されたダチョウに生きる術なんて、初めからないよ。
自由に飛べたり凄い特技があったりしても、生きて行ける範囲なんて適応している限られた場所しかないのが現実だ。
場違いな所では、折角の持ち味も何の意味もない。
人は鳥の様に空を飛べはしないが、陸続きなら歩いてゆけるし海があっても木を利用して船を作れば、海も越えて行ける。
南極も装備を整えれば、何とか横断する事も可能かも知れない。
何を如何しようとも人が何かを求めて歩き出そうとすれば、最低限、履物は必要に成る。
裸足で歩いても歩けない事はないが、何時か何処かで何かの弾みがあれば限界が来て、旅はそこで終りに成る筈だ。
もし、その場所やその時々に応じた履物を履いていれば、旅は長く続けられるだろうし何よりも安全で快適に目的地まで
到着する可能性は高まる。
一番の問題は、この履物を如何するか?この部分なんだよ!
例えば、真夏の蒸し暑い京都で、エスキモ−が履く防寒靴を履いていたら、恐らく水虫に罹って、さぞ大変な事だろう。
逆に、零下30℃にもなる真冬の釧路辺りで、ビ−チ・サンダルなんか履いていたら、凍傷で足の指は取れてなくなる筈だ。
何かにつけて、人の一生は旅に例えられて語られる場合が多いけど、目的地に関しての講釈を無難に述べる人は掃いて
捨てるほどいるが、肝心な足元の履物について、必要な事を語れる者は日本中探しても僅かしかいない。
それは、自分自身が大したものを履かずに歩いているからに他ならないからだ。
一時の時勢を得て、登り詰める事が出来る人もあるだろうし一世を風靡する人もあるだろう。
裸足なら身軽に駆け抜けられて、一気に上り詰める事も出来るかも知れないが、人生は好調ばかり続くものでもないから、
やがて時期がくれば、上を向いた勢いも衰えて下を向く事になる。
一気に高く昇った者は足元が脆いから、崩れた時も同じ様な軌道を描きながら進む場合が多いのは、必要に応じた履物を
履いていないからだ。
何時までも、場違いな履物のままでは通用しないのに、それに気がつかなくて『高転び』するのが物事の成り行きかも
知れない・・・そうしながら、古いものが滅び去り新しいものが次々起きてくるのが、世の習いと言うものだよ。
仮に、下り坂に差し掛かった所で、それでも人は好むと好まざると生きて歩き続けなきゃ成らない。
知らん顔していようが、立ち止っていようが、『時の流れ』を止める事は誰にも出来ないから、ただ流れのまま移ろうだけ・・・
程好い所で止めておくのも一つだし、別の分野に進出するのも一つだし、履物を整えて新たに歩み直すのも一つだ。
下り坂に成っても履物さえ確り履いていれば、最小限の転がりで済ませられるだろうし復活の見込みも充分立てられる。
他の道を求めるにしても、無用な障害を防ぎながら歩き続ける事も可能だ。
何を如何するかは本人次第だが、鳥の話じゃないけど飛べない事に気付いてから、慌てて羽が無くなってるのを知っても、
後の祭りで、既に身動きは取れない状態の場合が殆どだよ。
その時は、天運も尽きてる事が多いから、覚悟も必要かな?
何か大望に向かって歩む事を『志』と言うなら、その志を共にして歩もうとする仲間が『同志』と言うことに成る。
志に向かって歩むにしても、何を履いて歩み続けて行くのか?この方が遥かに重要だと、ウサちゃんは考えている。
ウサちゃんは、見ての通り継接ぎだらけのボロ衣を着てても『金の草鞋』を履きながら歩いているが、世間的にみたら
成功者のさっちゃんは、どんな履物を履いて歩いているのかな?
もし、さっちゃんにもウサちゃんに胸を張って答えられる様な履物を持っているなら、心配はしないけど、ウサちゃんの
目には、成り行きの勢いに任せて、裸足で懸命に走り続けようとしている姿しか見えないよ。
土足のままなら、鳥と変らない運命になるのは目に見えているじゃないか?・・・
折角、チャンスを掴んでも活かし切れなくて息の短い芸人が多いのは、大体、こんな所さ!
そんな人達の背中を見続けてきたウサちゃんには、先行きの姿が見当付くからね。
十年後、胸を張って生きていられるか?どうか?は、これからの生き方で決まる。
未だ時間的には充分大丈夫だから、試しに、昔、捨てた履物をもう一度、新たに履き直して歩いてみたら、どうかな?
そうすれば、白線の内側に戻る事も難しくないし、新しいヒントも掴めると思うよ。
それには周囲の人達と充分相談しながら、先々を含めた大きな視点から方向性を再検討してみる必要がある。
自分を信じて納得出来る人に成るとは、自分の思う通り何でも好き勝手に振舞うと言う意味じゃないからね。
自分自身を活かしながら、『己以外の全ての物事』、『時の流れ』に働きかけて、自分のあるべき姿を築き上げて行く
作業なんだ。
さっちゃんの場合、自分だけが納得してても『金の草鞋』は、手に入らないぞ!
もし、今後とも作詞家としての一面を育てて行きたいのなら、それなりの履物が必要に成るのも確かだし、良い作品が
描ければ、自分自身に納得できるのも事実だが、何かを得ようとすれば何かを失う覚悟も必要な事を忘れてはダメだ。
この前、来た時にも言ったけど、覚悟を決めて歩むべき正念場で迷ったら、同じチャンスは二度巡ってくれない。
諸々の条件を使いながらチャンスを活かして行くには、知恵と勇気と誠が必要だし、自分を信じる事も大切に成って
来るけど、それには、最低限の履物が必要だ。
何を履いているかで、その活かし方は全く違うものになるから、先の流れも全く別の方向へと変わる。
さっちゃんが歩むべき道には、そこに必要なもので、さっちゃんに合う履物があるから、それを探して歩き続ける事が、
最終的には、自分の才能を活かして使命を全うする事につながって行くからね。
何を如何するかは、全て、さっちゃん次第だよ・・・」
私は、この様に言いましたが、蒲池さんは俯いたまま固まり押し黙っていました。
多分、彼女が私の口から本当に訊きたかった事、そのものを語ったと思います。
殆ど反応が消えてしまったので、「もしもし、大丈夫ですか?」と、彼女の肩を指で突っつきましたが、応答はありません。
このままでは、「納得するまで帰らない!」と、毎度の様に、蒲池さんが言い出すのは目に見えていますから、私は、
「さっちゃん、心配はいらないよ。
今の話は、単なる前振りのナレ−ションに過ぎない。
これからが漸くスペシャルな話の本番、美味しい所なんだから、ありがた〜く拝聴しろよ!
ウサちゃんの真骨頂は、打ち手の裁き方に値打ちがあるんだから・・・
ボチボチ材料が揃った様だし、料理を始めるのは、これからだ!
ウサちゃんの人生料理ショ−が始まるから、さっきの様に拍手してちょうだい・・・」
と、彼女の頭を撫ぜながら拍手を催促したのですが、拍手もせず非常に動揺した不安げな表情で私を見詰めました。
次回に続く |
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| 2008年1月30日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 39 |
前回の続き
何気ない事でしたが、何処か無邪気な蒲池さんを見ていると、私も段々楽しく成り、つい冗談半分で、
「さっちゃんに、可愛い名前を考えて貰えるなんて嬉しいな〜
どうせなら、さっちゃんのイメ−ジも小さくて弱々しい感じの『リス』から、もっと強くて元気な感じのするのに換えて見ないか?
この際、清水の舞台から飛び降りる積りで、『マムシのさっちゃん』、何て如何かな?
強くてスタミナ満天、何時でも頑張ってます!!
こんな感じがするから、面白いと思わないか?」
と、ふざけて提案した所、蒲池さんにパンチをされ、
「アイディアはともかく、イメ−ジ作りが全然ダメ!最低最悪!!
ウサちゃんは絶〜対、一生モテない人で終るから・・・どうして変な人なの?マムシなんて如何言う発想?
馬鹿な事を言い出すのって、きっと、悪い物を食べて熱があるからだよ!
さっちゃんは、『うさぎのさっちゃん』にするから、良いもん!」
と、先程の敵を討たれた上に私のキャラクタ−『うさぎ』を取ってしまったので、
「そうか〜それなら『うさぎ』は、さっちゃんに譲って、俺が『マムシ』を名乗るよ。
一生モテない人なら、それらしいイメ−ジで丁度良いかな?
大阪は、ウナギの事をマムシって言うけど、掴み処の無い話ばかりしてるから、それも当てはまるし・・・
強くてスタミナ満天、何時でも頑張れる『マムシのたっちゃん』何てのが、意気な感じがして良いだろう!
こっちで勝負した方が、よっぽど女の子にモテそうじゃないか?
これからは、『マムシ』って、呼んでくれ!」
と、膝を叩きながら大笑いしていたら、凄く怖い顔で睨まれていました。
嫌な事を気にしなくて済むほど大笑いましたが、悪ふざけをしていると貴重な時間を無駄にしてしまうので、
「モテないマムシの言う事を一々真剣に聞いていると美容に悪いから、適当に受け流して・・・
どうも、さっちゃんは怒っている様だから、『怒ってるぞ!』と言って、ほっぺを膨らませてごらん。」
と、笑いながら蒲池さんに言ったのですが、凄く怖い顔で睨んだままです。
仕方なく私が見本を見せて真似する様に言いましたが、何も反応してくれず、怖い顔で睨んだまま無言でした。
折角、次のヒントを出してから話を進める積りでしたが、悪い雰囲気に成ってしまった様なので別の話題へ振り替え様と、
「今の話は詰らない冗談だから、気にしないで!
朝方、リスを見つけた近くで、マムシが日光浴をしててね、さっきは、リスがいたから、お互い天敵同士のリスとマムシを
交換したら楽しいかな?
そう思っただけだから機嫌直して?今後は、モテる人を目指して努力するよ。」
と、言っても蒲池さんは黙ったまま睨んでいるので、これ以上、話が拗れても面倒なので、私は、
「悪ふざけして、ごめんね。
もう、余計な事は言わないから・・・良かったら、さっちゃんから見た、モテる人の条件て何か教えてくれえるかな?
出来る範囲で期待に副える様、工夫してみるよ。」
と、訊いてみました。
蒲池さんは、いかにも不機嫌そうに、
「へぇ〜モテたいんだ!
世捨て人なのに、そんな事を訊き出して、どうする積り?
変な事ばかり言ってないで、少しは真面目に修行したら如何なの?!そんな事じゃ偉い人に成れないよ。
自分を見失わない様に・・・守る大切な何かがある筈でしょ!」
と、叱られ返って薮蛇と成ってしまい、愉快に成った気持ち共々意気込み迄も吹き飛んでしまいました。
それでも取り敢えず必要な話だけは進め様と、
「それでは、真面目に話を進める事にしよう。
どうやら、『時の流れ』について、殆ど理解出来ていない様子だから、もう一度、要点をまとめておくと・・・中略・・・
例えば、今日の会談を時間延長した事も何れ形に成って現れて来る事に成るだろう。
それは、・・・中略・・・と言う事をもたらす為だ。
その時、自分にとり都合の良い事ばかりが起きるとは限らないが、それも自身の選択の結果だと受け止めなければ
ならない。
それが自らの負うべき『責任』であり、『己自身の世界』で果さなければ成らない掟でもある。
人は誰かに支えられながら生きて行くものではあるが、同時に、自らだけが負うべき務めも生じている。
それを他人に肩代わりしてもらう事は出来ない。
坂井さんも自分の胸に手を当てて行いを振り返って良く考えてみれば、今の問題を解決するヒントと将来を占う
ヒントが見つかるだろう。
それだけで諸問題を解決する糸口は見つけられる訳でもないが、今後の為に良い参考と成る筈だ。
次に来る時までには、もう少し理解が進んでいる事を望みます。
以上で本日の講釈は終了です。」
と、余計な事を言わなければ、時間も手間も掛からず簡単に済むので、私の方も一々気を使わずに済み楽です。
呆気なく延長の話も終わり、出掛けるには充分時間もありましたから、『変に引き摺られるよりも、良かったな!』と、
思いました。
私は、質問などを受け付ける気持ちはありませんでしたので、直ぐにベンチから立ち上がろうとした所、蒲池さんに
腕を掴まれ、
「ウサちゃんは、お坊さんなんだから、女の子と仲良くしたいなんて考えたらダメ!
モテる事なんて、そんなの気にしなくて良いよ!自分らしく生きてる方が素適だよ!女の子に嫌われても良いじゃん!
お互い分かり合う事が大切なんでしょ!
それ以外の人は、関係ない人なんだから、どうでも良いって、ウサちゃんも言ってたよ・・・
ウサちゃんは、ウサちゃんのまま変らずにいて!さっちゃんも、さっちゃんのまま変らないでいるから・・・元に戻そう。」
と、先程からの彼女の発言とは辻褄の合わない事を言い出し、私は、『話の要点を理解していないな!』と思いました。
しかし、これ以上、無駄な論議をしても意味が無いので、私は、
「それなら元に戻すとして、今なら、さっちゃんの要望を聞き入れて対応を改善しようと思うけど、如何すれば良い?」
と、彼女の要望を訊いて見た所、初めは控えめに、
「嘘や誤魔化しをする生き方は絶対にしないで、何時でも本音を話すって約束してね!
話す時は優しい声で解り易い説明にして、どんな質問にも誤魔化さず全て素直に正直に答えて・・・
どうでも良いとか関係ないって言われると、傷付くから、こう言う言い方はしないで・・・
これからは、必要な話だけで済まさないで、さっちゃんの話もゆっくり聞いて欲しいな。
何時も時間に追われて話し難いから、東京に返って来れる時は、ゆっくり話そう!
・・・
ウサちゃんは怒らなくても怖いから、何時も優しく笑顔でいてくれたら何でも話せる関係に成れるんだけど・・・
さっちゃんが怒っても優しく受け止めて嫌に成らないで欲しいの!
もっと、さっちゃんの事を真剣に暖かく理解して!
カラオケや食事に誘った時は、気軽に応じてね・・・
何時も連絡が取り難いけど、時々は、ウサちゃんからも連絡して欲しいな〜
それから、ウサちゃんもさっちゃんに甘えて、何でも相談して・・・きっと何か出来ると思うよ。
もっと気軽に友達付き合いしよう?
今度、紹介したい人がいるけど、OKしてくれる?
それに・・・などなど」
との事で、黙って聞いていると次から次へと様々な要望が矢継ぎ早に出て来るので、段々可笑しくなり笑いながら、
「参ったな〜、誰も彼もみんな同じ事を言い出すね。
今の要求は改善の度を通り越して、原形が消えて無くなるほどの改造じゃないか〜?
それに、どさくさに紛れて要求が多過ぎるから、一遍に言われても何が何やら解らないよ〜
嘘や誤魔化しをせず本音を話すと言う事だけは、今後とも約束するけど、それ以外の要求は、さっちゃんの心意気を
見せてもらった後、改めて考えるべき話だな〜
リスの心意気に感激した時には、要望通り優しくて物分りの良いウサちゃんに成ってあげるから心配いらない。
もし、都合の良い簡単便利なカップ・ラ−メンの様な人を見つけたいなら、他を探した方が早いぞ〜
オマエなら適当に見繕えば、直ぐに要望通りの奴が見つかるさ!
ウサちゃんは、他人から好かれる人や崇められて偉い人に成るよりも、自分を信じて納得出来る人に成る道を選びたい。
折角、生きる事を許されたんだから、例え小さくて粗末なものでも、誇りを持って自分の積み上げる歴史を歩む積りだよ。
それだけ・・・
ウサちゃんは筋金入りの思想家だから、こんな生き方でも通用するけど、さっちゃんは芸人なんだから、歌謡を通じて
多くの人に夢を届けたり、感動を伝えたりする人気商売だ。
ウサちゃんと同じ考え方は通用し難いから、必要な事だけ参考にして意地を張り通す様な真似は絶対にするなよ!」
この様に釘を刺すと、蒲池さんは再び私の腕を強く掴んで、
「さっちゃんも自分を信じて納得出来る人に成りたい!
テレサさんの事は尊敬して親しみを込めるのに、どうして、何時もさっちゃんの事は軽くばかり見て気に留めてくれないの?
ウサちゃんは、さっちゃんも同志だって言ってたじゃん!もっと親身に成って考えてよ!」
と、言ってきましたが、蒲池さんは余計な事は良く憶えているけれど、肝心な基本が解っていない事に気付きました。
次回に続く
(追記)
私は、蒲池さんを同志にした憶えはなかったので、突然、こう言われた時には、何の事か分かりませんでした。
彼女が言いたかったのは、10月3日の(追記)に記した三つの方針を守っている事を含めて同志だと主張した訳ですが、
彼女の日常生活の有様を何も知らない私にすれば、何とも答え様のない話で、言い分通りには受け取れません。
私は、「それと、これとは話の次元が違う事柄だろう!」と言いましたが、彼女は、「ウサちゃんも言葉巧みに誤魔化してる!」
と、納得してくれず、改めて人に物事を諭す作業の難しさを知った次第です。 |
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| 2008年1月23日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 38 |
※今回の掲載は、12月26日の続きから始めます。
私は、「ウサちゃんの世界を沢山話して・・・」と言われましたが、自ら進んで語ると成ると口止めされている事を多く含む為、
言い回しに苦慮します。
この様な理由から、どうしても表現が遠回しになりがちで、真意を直接伝え難いのです。
私が一番恐れるのは、人それぞれ受け取り方の反応が違い、意図しない解釈で受け取られてしまう事で、自分の思う通り
相手に伝えられないのは、実にもどかしい限りです。
所要の時間が迫っていた事もあり、話の続きは次回にしたかったので、私は、
「ウサちゃんはねぇ〜餅つきが商売だから、黙って餅をつくのが御用なのさ!
未だ世界観を語れるほど十分纏め切れていないから、自分のものとして語るには、もう少し時間が必要なんだよ。
余計な事を書いたり語ったりするのは、別の人が勤めれば、それで済むからね・・・
今日のウサちゃん物語は、これにて御仕舞いだよ〜
この次ぎの会談は、ゆっくり話そう。」
と、会談を終え様とベンチから立ち上がったのですが、蒲池さんは間髪要れず、
「ウサちゃんは、今でも月を見ながら、かぐや姫を恋い慕って、お餅をついているのよね?
かぐや姫って、どんな人?」
と訊いてきました。
私は、思いもよらない事を訊き返され、『さすが、詩人はロマンチックな事を言うな〜』と感心しましたが、
「南こうせつとは面識がないから、かぐや姫の事は、『神田川』しか知らない。
それより、ウサちゃんは、よろずもめごと引受人の『喧嘩屋 右近』だから、特殊任務が待っているのよ〜
しゃぶしゃぶの食べ放題は、90分の時間制限で延長は追加料金を払うと30分まで可能だけど、ウサちゃんには何かと
どうでも良い詰らない事情が絡んでるから、今日の延長は、この位で勘弁してください!
一応、もめ事の決着を付ける手は打って解決済みの筈なんだけど、不安だから傍にいて欲しいとの事で仕方無い。
今朝、何とも説明のしようがない事を突然言われているから、申し訳ないけど、そろそろ出掛けなきゃ成らないし・・・」
と、半分ボヤキながら蒲池さんに理解を求めましたが、
「今日は、さっちゃんの為だけに時間を取ってくれるって言ったじゃない!
そんなの絶対ダメ!!
ちゃんと話をしてくれるまで、帰らない。」
と、蒲池さんは毎度の事、納得しないので、私は本当に困り、「3分、時間を頂戴!」と返答をして考えました。
私は、「さっちゃんの為だけに時間を取る。」と言った覚えは無かったのですが、何時もの様に何となく押し切られて・・・
蒲池さんを含め大方の読者には、私がどれだけ困惑したのか、背景が解らないので理解して戴けないと思います。
恐らく、この掲示板を読む人で唯一、話の察しが付く私の兄弟子でさえも事情は大凡しか知りません。
この当時、人知れず特殊任務を引き受けていたのですが、ある出来事の後始末から、私が全ての事を腹に含んだ上で、
全面的に、その責めを負い泥を被る為、日付の入れていない辞表を出していました。
これは、兄弟子と私が苦心を重ねながら育てて来たプロジェクトを守る為に交換条件として行ったもので、私には如何にも
仕方の無かった選択だったのです。
ただし、私が忠節に励み諸問題の解決を全面に引き受けていれば、時期が来た時、返却してくれるとの約束でしたから、
諸事情で、2000年春まで辞める訳にいかない立場としては、職務を無事遂行する必要に迫られていました。
反面、自分の胸の内では、『本当に、これが本来為すべき姿なのか?』との思いが強く、この頃は職務に対する意欲も
欠けていたは確かです。
もし、彼女の求めに応じ、相談相手の役目をサボれば私が不興を買うのは明白でしたし、彼女の求めに応じなければ、
小さなリスが苦境に押し流されてしまう可能性も十分考えられました。
そして、私は勇気持って荒波に挑む小さなリスを応援する道を選び、同時に、『首が飛ぶ』覚悟も決め腹を括りました。
常識社会しか解らない方々には想像も付かない事だろうと思いますが、縦社会とは気分次第の強い所でもあります。
尤も退屈な毎日の繰り返しに飽き飽きしていた私に、自分の背負う看板や肩書きなどには何の興味もありませんでしたが、
当時の状況は、何処でも通用する看板と非常に優遇された待遇と、不足を考えるだけで罰当たりだったかも知れません。
あちこちから、「そんな選択をするなんて、自分のした事が解っているのか?オマエは何て大馬鹿なんだ!」との声が
聞えてきそうです。
これも既に九年前の話であり、時効と言う事で、お許しください。
長い目で見れば、この選択に利の無い事は明白でしたが、差し迫った問題を解決するには犠牲を覚悟しなければ成らない
場合もあります。
『首が回らず身動きの取れない人』、『尻に火が付いて切羽詰っている人』と言うのは、藁にでさえ縋るもので、その場の事、
目先の解決しか考えられず、先を見据えたり他人の都合を考えたりする余裕など持ち合わせていないものです。
「先に助かるよりも、今を何とかしてくれた方が有難い!」との心情に陥った人に、「もっと、先を見ろ!」と幾ら訴えかけても、
どうにも成りません。
先の芽を潰す失敗の多くは、前後を構わず足掻くのに懸命過ぎて足掛かりを失う事から起きてきます。
危機や困難に立ち向かう時、その人の本性や器量が全て現れて来るものであり、常日頃の備えとは、この様な時にでも
自身を誤らず諸事を全うする為に怠らないものであると思うのですが、先を見ながら手を打って行く作業は難しい様で、
この考え方は、一般の人に受け入れてもらえません。
人の裏側、人の性(さが)と関わり続けた私にとって、清濁を併せ呑み込む為の良い修行場と成り、己の成長には欠かす
事の出来ない貴重な経験を積む事が出来ました。
この様な状況を目の当りにして、他人事も含め私自身、苦渋の選択をしなければ成ら無い事は多々あり、人生の選択を
行う上で、『損得勘定の重要性』は骨身に沁みています。
それでも遭えて承知で、自身を捨石にせねば成らない事もあるのです。
都合の悪い物事が重なる時とは不思議なもので、『そろそろ、自分も潮時なのかな?』と、感傷的にさせますが、しかし、
この様な分岐点の時こそ、目先の道ではない得難い道へと進むチャンスの芽が生まれる時でもあります。
私は、蒲池さんの顔を見詰めながら考えましたが、事の成り行き次第で窮地に陥った場合は、兼ねてからの計画を前倒しで
進める覚悟をして、『その時は自分も迷わず、小さなリスの様に翔け抜けて見たい!』、この様に結論を出した上で、彼女への
協力を最終的に決め、
「そうだな折角だから、どうでも良い事は後回しにして、楽しくお喋りしようか?」
と、言いながらベンチに座り直しました。
常日頃から他人様には、「覚悟を決めて歩む時には迷うな!」と言ってる本人が小さく縮んでいては、『看板に偽りあり』だと、
心を決めたのです。
同時に先ほど話した『時の流れ』の理解が殆ど成されていない事も分かり、私自身の話し方も簡単に説明し直す必要性と
簡単に実行出来て即効性の高い事を伝えようと考えていると、彼女は、「わ〜い!」と、言いながら拍手をしていました。
『この人には、参ったな〜』と思い苦笑していると、彼女は、「ねぇ〜、ウサちゃんに可愛い名前を考えてあげるね!」等と、
突飛な事を言い出すので、私も「アケミちゃんやナンシ−なんてのは、勘弁してくれよ!」と、思わず大笑いしました。
次回に続く |
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| 2008年1月16日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 37 |
読者の皆様、少々遅くなり間の抜けた挨拶に成りますが、明けましておめでとうございます。
今年も変らずの精進を重ねて参ります。
正月早々風邪を引いてしまい難儀しましたが、ゆっくり休みを取るには丁度良い機会でした。
それはさておき、新年の最初から私の思い出を綴るよりも『教え』と言うものについて、私見を述べてみたいと思います。
前回の掲載で、『己の目に映るこの世の姿は、三つの世界から成り、@己自身、A己以外の全ての物事、B時の流れ』
この様に説きました。
「こんな話は、当然過ぎて、今更、取り立てて考えるまでも無い!」と、思う方が大方だろうと思います。
大方の考え方とは逆に、私は未だ、この課題に取り組みながら様々な事を創造しています。
一般的な日常生活を送る場合、特別必要な課題でもないので、この様に一々面倒な事を考える必要はありません。
もし、心の中で何かの不足を感じていたり、先々の飛躍を願うなら、自身の基本を見直してみるのも意外な事に気付き
参考と成る筈です。
この掲載では、『己自身の世界』の大まか以外、肝要な部分の解説は殆ど伏せてしまったので、解り難いですが、
必要な基本は書いた通りです。
普段は生活に追われ、この様な事を考える暇は無いでしょうが長い人生ですから、一度、何処かの時点でゆっくり自身を
振り返えり、何某かの答えを探し出せれば、目から鱗も落ちて心から溢れる感激に包まれると思います。
私が、この様な教えを初めて授かったのは、仏道の師匠からではなく、学生時代に知り合ったインド人留学生からです。
No.30号で記した人の事ですが、この人は、バラモン(司祭階級)の中でも最高位のバラモン出身で、子供の頃から、
人生の師匠があり、ヒンズ−教の様々な哲学を修め驚異的な能力を持ち、その人柄に心の奥底から尊敬していました。
私にすれば、『レインボ−マン』や『仮面ライダ−』よりも偉大なヒ−ロ−そのものです。
私は、「バラモンさん」と呼び親しくさせてもらいましたが、バラモンさんがインドに帰国する際、私だけに世界観を語って
くれました。
この際、バラモンさんに、「何故、私だけに教えてくれるのですか?」と、訊ねた所、バラモンさんは流暢な日本語で、
「教えは、誰にでも授けて良いものではありません。
自分が教えを授けるのに相応しいと信じられる人でなければ、神に対し約束と責任が果せないからです。
それには、教えを『理解』出来る人でなければ成りません。
言われた、その場で言葉の意味を解釈出来る程度では、本当の理解ではありません。
それは、・・・中略・・・
次に、それを元にして『創造』を始められなければ、解らないのと同じ事です。
最後に、教えとは『心を伝えて行く作業』ですから、私の心が伝わらない人に教える必要はありません。
言葉や知識は、心を伝えて行く為の一つでしかないのです。
最低、この三つの条件が揃わなければ、扉を開く鍵は与えられても実際に扉を開く事は叶わないでしょう。
今、貴方に扉を開く鍵をプレゼントしました。
扉を開き新たな世界を創造するか?しないか?、この判断は全て貴方の心の中にあります。
新しい世界の創造を始めると、貴方はあらゆる困難に遭遇し迷い恐れる事でしょう。
しかし、何も心配はありません。
貴方には、どの様な苦難でも乗り切る為の『教え』が、心に宿っているのですから、基本を忘れず自分を信じて道を
進めば、破滅する事はなく様々なものも手に入れる事が出来るでしょう。
・・・中略・・・
貴方が成功者に成った時、日本とインドの架け橋に成って下さい。
それが、私の願いです。」
と、更なる教えを授けてくれました。
バラモンさんとは、一年にも満たない短い付き合いでしたが、人との巡り合いとは不思議なものです。
今迄には無い人生観でしたから、『素晴らしい事なのかも知れない!』と、おぼろげながらに感じるものの、当時の私には、
この話の真意と価値は全く計り得ませんでした。
バラモンさんの言う事に偽りや誤りは無いと信じて、自分の価値観や物事の捉え方を徐々に進化させ自分なりの世界を
創造し始めた後、仏道に入門し諸事の経緯と成ります。
バラモンさんから教えを受けたのが20歳の時で、仏道の師匠から、この世界観を授けられたのが26歳の時でしたから、
約6年の歳月を経て、この課題と再び巡り合いましたが、その解釈や受け取り方は全く違うものの様に感じられました。
私自身が創造を始めた時の根拠とも視点は違い三者三様でしたが、どの考え方が『正しい、間違っている』、『優れている、
劣っている』などと言うほど単純な問題ではなく、その答えは各自の心が求め続けて行かねば成りません。
この様な世界観の起源は同根なのでしょうが、様々な経緯で日本まで伝播した知識とインドで洗練された知識が再び、
私の中で巡り合い一つに成ったのかと思うと国や時代を超え、壮大な知識の蓄積と先人達の情熱を実感し感激しました。
それと同時に心を伝えてくれた、バラモンさんや仏門の師匠が、どれだけ私の事を大切に思い期待をしてくれていたのかと
思うと、何やら使命感が湧いて出て来るものです。
その後、軍略を学ぶ機会を得られましたが、基本的な大枠、視点や思考は大凡同じものでした。
所詮、人の思い付く所、考えの行き着く先は同じ様な事に繋がるものなのかもしれません。
現在では、蒲池さんと出会った頃よりも実用面での利便性を重視し機能的に活用出来る方式へと組み直しています。
これ以来、私は自らの経験を通した『実用・実践第一』を掲げていますが、その根幹は以上の様な由来があります。
掲載を御覧の方々からすれば、私が一般的ではなく『特異』、『特殊』の様に感じられるかもしれませんが、実の所を言えば
教えられた視点の組み立て方が違い、己の能力を最大限に発揮する事を中心に据えているだけで、他は全て同じです。
人は、その気があり要領さえ理解していれば、特別無理しなくても自分自身で様々な事を変えて行く能力は、気が付かない
だけで、誰にでも備わっています。
この掲載部分も蒲池さんに語りましたが、掲載の都合上で順序を逆にして、この話を先に掲載しました。
私の世界観について話をしたのは蒲池さんが最初で最後に成っていますが、何時か誰かに話せる日が来るのを心待ちに
しています。
彼女には、未来の扉を開く鍵をプレゼントをした積りでしたが、受け取った側にすれば、『???』だったかも知れません。
掲載容量の上限から、要旨を中心に綴っており、会話の部分は私が一方的に話している印象を与えてしまう書き方ですが、
実際の会話では、彼女の質問や意見に答えながら解り易く丁寧に話を進めています。
この様な事を語った本当の理由は、難しい教義上の講釈や不要な能書の理解をして欲しかったのではなく、私の心意気、
『小さなリスを応援している!』、これを伝えたかった為です。
幾ら口先だけで、「信じてる!」の何のと尤もらしい事を言った所で、行いが伴わなければ何の値打ちもありません。
蒲池さんには厳しい事も沢山言いましたが、それでも私の心を十分酌んでくれていたので、ささやかな友情の積りでした。
12月26日の続きは次週から綴ります。 |
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| 2007年12月26日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 36 No.125 |
12月12日の続き
蒲池さんの様子を見て、イジケてしまったのかと思い心配しましたが、話を聴きたいとの事で取り敢えず安心しました。
この時、私の脳裏には話して置きたい事が更に5つ増えて、どの話をすれば効果的か迷ったものの彼女の創作活動の助けに
成る様な話が良いと思い、先ずは、根本の世界観から語ろうと、
「迷境に彷徨う、リス、根本世界を授けるから、良く聴きなさい!
凡そ、己の目に映るこの世の姿は、三つの世界から成る。
一つは、『己自身』、二つに、『己以外の全ての物事』、三つ、『時の流れ』、これ以外の世界は無いものと心得よ!
三つ目の『時の流れ』は、あらゆる全てに関わる『移ろい』を指すもの、何ものも避けられず、妨げる事も叶わない。
区別する事も無く、過不足の別も無く、只、在るがまま流れ、行き着く事も止む事も無い。
二つ目の『己以外の全ての物事』は、『時の流れ』と『己以外の働き』により成り立ち、己の意に従い動き行く世界にあらず、
あらゆる物事の『因縁果』の顕れを映す世界に過ぎず、自らの及ぶものなど無い。
一つ目の『己自身』とは、自らに於いての全てである。」
上記は、私が師より奥伝を授かる前に言い渡された言葉を『リス』と言う部分を除き、そのまま伝えました。
実際は様々な世界や多様な道はありますが、ある程度行き着くと元に戻り、この様な現実が見えて来ると言う意味です。
しかし、そこに到達するまでの間に、幅広い知識を学び修練を重ねながら徳を積む事が前提です。
簡単に言い切っていますが、実際に教えを受ける時の条件は、これらを体得していないと次の話しに進めてもらえません。
単に理解するだけで済むなら、小学生でも簡単に飲込める程度の話です。
私は続けて、
「難しく言うと余計に、混乱するから簡単に言えば、自分の心、自分以外の外界、時間しか無いと言っている意味だが、
これだけを聞いても意味は良く解らないし納得も行かない筈だ。
迷境とは迷いの世界の事、時間と言うのは、・・・中略・・・で、自分以外の外界とは、・・・中略・・・の事だよ。
そして、物事を見て取る基準とは何かと言えば、『自分の視点』と言い換えれば解り易いと思う。
簡単に言って、自分が、この世にいなければ、誰が何処で何をしていようが、世界がどんな状態であろうと関係ないだろう?
勝手にしてください!って所だ。
今現在、自分が生きて感じ取れるこの世では、自分の心を通して別の世界の存在を捉えているに過ぎないからね。
人として生きて行くには、この根本的な世界と、どう関わりながら接触して上手く生きて行けるかが成功の鍵に成る。
そして、この原理原則を使いこなせれば、様々な物事を活かす事も殺す事も自在に出来るのさ!
・・・中略・・・
ここを間違えないで貰いたいけど、自分の所有物と言えども自分の物ではないからね!
例え、自分の体の一部でさえ、失えば元には戻らないだろう?
失って無くなってしまうものと言うのは、自分の所有であっても、自分のものでは無いのさ!
本当に自分のものとして、持つ事が許されるのは、心と言った目に見え難いものだから存在が解り難くて気付かない。
その他のものは、全て自分以外の世界に属するものだから、他の世界に踏み込んで支配しようとしたり、服従させようと
しても所詮無駄な事。
やがて、移ろいで変化して行くから、その状態を何時までも留める事は叶わない。
だからと言って、全てを諦めたり無条件で所有物を手放す必要も無い。
自分に与えられたものは、恵みに感謝しながら自分を育む糧として大切に使わせてもらえば、それで良い。
・・・中略・・・
自分を嫌がったり、憎んだり、自分を見捨ててしまうと、この世を創る根本的な世界の何処にも自分の居場所が無く成る。
自分の居場所を持たない人に、チャンスは巡ってもくれないし留まってくれない。
それは・・・中略・・・
自分自身が己を信じてあげなければ、自分以外の外界の人は誰も信じてくれないよ。
自分に嘘を付く者は、他人にも嘘を付くし簡単に裏切りもする。
嘘は、生き抜く為に必要なのかも知れないが、後味には罪悪感や虚しさしか残らない。
自分にでさえ誠を持てない者が、他人に対し誠を持てるとは思えないだろう?
普段から誠を持たずに狼少年と同じ真似をしていると、本当に自分を信じて欲しい人からは信じてもらえなくなる。
その時、心から悲しい思いをするのは自分自身だ。
世の中に、不都合であろうと何であろうと包み込んで愛してくれる人なんて、滅多にいないのが本当の所だと思うよ。
・・・中略・・・
自信を持って生きて行くには、直向きに積み重ねる何かを持つ事が良いだろう。
それは、今の職業を真摯に取り組む事でも良いし、スポ−ツや趣味に打ち込む事でも何でも構わない。
損得を考えず向き合える事なら、尚一層良いが実利が絡んでも良いから、楽しみを持って取り組めれば、それで良い。
大切なのは、他人との競争よりも自分の成長に役立つ蓄積を心掛ける事の方が、自信につながる。
大体、最低限必要な基本事項は、この位の所だけど、この三つの世界の接点を少しだけ覗いて見ると・・・
自分の世界と他人の世界とは、元々全く別次元の世界なんだから、自分と比較したり同一視したりするのは無駄。
自分の世界に閉じ籠もっていた所で、時の流れが止めらる訳でもないし、他の世界から完全に独立出来る訳でもない。
それなら、時の流れと共に自分の持てるものを使いながら、他の世界へ色々なものを探しに行く方が良いだろう?
その時、他の世界の壁に働きかけるのに必要と成るのが、・・・中略・・・
時の世界を味方にしようと思えば、・・・中略・・・
と、言う事で、知恵と勇気と誠が必要なのは、この三つの世界を渡る上で接着剤の役目をするからなんだ。
これで、この前、訊かれた『チャンスの見つけ方』と『夢を実現させて行く方法』を含めて大雑把に説明したけど、この話は、
飽く迄も想定した理屈の範疇でしかない。
本音を言えば、自分を好きでいるのも難しいし、他人様と比較して自信を無くす事も多い、人目を気にせず我が道を
歩み続けるのも波風が立つから、結構、疲れて大変だよ・・・
俺も面倒な時は手抜きをするし、嫌な事はサボるし、毎日退屈な時間を過ごしているから好きな事だけしかしないし・・・
思う様に好き勝手な生息状況でも、それでも、自分を全て受け入れるのは言うほど簡単じゃないのが現実。
人間誰しも全ては揃わないから、足るを知って適当な所で満足すれば良いって言われても納得出来るものじゃない。
尤もらしく暗示を掛けて乗り切れる程度の世界は、底の深さなんて知れているもの・・・
俺自身、失態も多いし至らない不足分も多いから、日々精進しながら少しずつ穴埋めをしているのが実態だよ。
全ての事を完璧に吸収出来て簡単に身に付けば、日々の積み重ねなんて必要ないからね。
何かにつけて失敗の連続だけど、それを次のチャンスに、つなげる肥しにはしている。
転んでもタダで起きたら勿体無いから、草ぐらいは掴んでおかなきゃ折角のチャンスが無駄になるもの・・・
もし、『時の世界』と『自分以外、他の世界』に働きかけながら、自らの世界を創造したければ、その基礎と成るのは、
『自分を偽って作り上げるか?』、『自分の不都合は隠して無視するか?』、『自分の不足を全て事実として認めるか?』
この三択しかない訳だけど、俺は素直に、自分の不都合は全て事実として認めた方が、自分の世界を広げる為にも
前向きな方向で取り組めると思う。
それが、自分を信じる事で創造出来た『己自身の世界』そのものなんだ。
無理して他人から認められるよりも先に、どんな自分であろうと己を認めてあげないと何時までも脆くて迷いだらけの
世界しか創れないから彷徨い人に成って、当ての無い心の旅を続けるのさ。
他人の目を満足させる為に足掻いても溺れるだけで、自身を認められないと永遠に幻想を追い続ける事に成るからね。
今話した知識は、治世、軍事、経済、恋愛、哲学、何にでも転用可能だから、今後の参考に成ると思うよ。
単純な事ではあるが、ここが全ての出発点だと思えば、奥行きは果てしないほど広がりを見せる。
これを転用しながら創作活動に活かせれば、心の枠も大きく広がるだろうし、ビシッと決めた人生哲学にも役立つ筈だ。
それは、人の世の真理をありのまま映し出す鏡を覗いた話だからね。
この話は、どんな事からも小さなリスを守ってくれるから、他の事は忘れても、これだけは生涯忘れない様にしなさい!
もし、忘れたり解らなくなったら、『大航海時代』と言うゲ−ムソフトがあるから、試して見れば立ち所に理解出来る筈だよ。
下らない話を沢山見聞きするより、役立つ話を一つ理解している方が、遥かに値打ちがあるってものさ。
今日は、小さなリスから勇気ある姿を見せてもらえて、俺の方が教えられたよ!
醒めてばかりいないで、何かに向かい進むのも自分で心を熱くするのに必要なんだって、改めて考えさせられた。
何時までも意義の感じない退屈な暮らしに燻ぶってないで、自分の世界をもっと強力に創り直して行きたくなってきた!
リスの言葉、肝に命じておく。
これからも機会があれば、こうして互いに磨きを掛けて行こうじゃないか。
今日は、本当に有難う。
もっと話したい事は山ほどあるけど、時間が迫ってるから、この位で御開きにしておこう。」
この様に言いながらベンチから立ち上がったのですが、蒲池さんは全く動く気配も無く、
「ねぇ〜ウサちゃんは、言葉巧みに、かわしてるけど、どうして自分から心の中の話をしたがらないの?
ウサちゃんの世界って、どんな世界が広がっているのか、もっと沢山話して・・・」
と、言われましたが、この頃から、蒲池さんの事を「リス」と呼ぶ様に成り、私は「ウサちゃん」と呼ばれ、正直、照れました。
次回に続く
(追記)
予定としては、来年の中頃から掲載を再開し様と考えていましたが、知人の方々には心配を掛けた様で、私も心の整理は
付きましたから、取り急ぎ、今年最後の掲載は本日に致そうと思います。
私が心を痛めていたのは、蒲池さんの事もありますが、『薬害C型肝炎訴訟』の事でした。
影ながら力に成ろうと様々試みましたが、救済への道筋も見えて来た様なので安堵しています。
私は修行中に、C型肝と思しき女性の方々約20名近かったと記憶していますが相談を受け、非常に気の毒な実態を知り
衝撃を受けました。
九年以上経つ現在でも顔と話の内容を忘れられずにいる女性は7名程いますが、中でも、蒲池さんと初めて会った時から
1ヶ月後に会った女性の事は、今でも時々思い出します。
春の風が心地よい日で、浮かれながら散歩から帰ってきた日の事です。
参道に、『カボチャの煮付』の様な顔色をした、見た目50〜60歳ぐらいの小柄でみすぼらしい貧乏神の様な風体の女性が
話を聞いて欲しいと声を掛けてきました。
私は、顔色を見て『黄疸』が酷いので肝臓を患い、先の見込みはそう長く持たないと思いました。
体に障ると思い応接間に通し、話を聞くと、この人は当時38歳であり、C型肝炎に罹り肝硬変に成ってしまったとの事です。
どうして、自分に、この様な病気がうつってしまったのか?自分では、全く思い当たる節がないのだと言う事で、C型肝炎を
発症して、初めて気が付いたそうで、体調も優れないのは当然ですが、それよりも病気に対する恐怖、何よりも、夫からは、
「子供に変な病気がうつったらどうする!役に立たない女は要らない!」と、離婚された仕打ち、離婚後実家に戻ろうとしても、
「得体の知れない、うつる病気を持った者は骨に成るまで帰ってくるな!」と、言う事で何の援助の手も差し伸べてもらえない
遣る瀬無さで、死んでも死に切れないとの訴えでした。
周囲は、『病気持ちの男に変な病気をうつされた』程度の認識しかなく、誰からも助けてもらえず生活保護を受けて最低限の
暮らしをしているのだそうです。
普通の生活をしていた人が、何かの弾みで転がり、どん底に落ちてしまう。
私は、この様な姿を見続けてきましたが、本当に気の毒な事です。
ここまで酷い仕打ちを受けた人は少ないにしても、当時は、病気自体世間では良く知られていない状況でしたから、大変な
苦労があったろうと思います。
私も話を聞いていて返答の仕様も無く、涙が止まりませんでした。
何も言葉が見つからないので、私は、「もし、死ぬ前に最後の願いが叶うとしたら、何が望みか?」と聞いた所、この女性は、
「最後は、女らしく死にたい!」との事でした。
私は、この人を車に乗せデパ−トの化粧品売り場に行き、口紅とファンデ−ション、その他、最低限の物でしたが揃えて、
プレゼントしました。
売り場で店員に化粧を綺麗に描いてもらい、洒落た喫茶店に行き簡単なデ−トごっこでしたが、彼女は喜んでくれました。
別れ際、「人生で一番、素適なデ−トでした。」と言われた時には、少しだけ気は晴れたものの多くの人達が苦しむ状況に
何の変りも無く医学の進歩を願わずにはいられませんでした。
私は、この様な気の毒な方々を見捨てないで欲しいと祈るばかりです。 |
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| 2007年12月15日(土) ZARD 坂井泉水との出会い 35 |
(只今の心境)
昨日、ネット・ショップに注文していた、『グロリアス マインド』が届き、早速聴きました。
『愛を信じていたい』は初めて聴きましたが、これらの曲を聴いていると様々な思い出が過り蒲池さんに対する思いが交錯し、
心から溢れる涙が止まりません。
最終回に、彼女に対する気持ちを綴ろうと思いましたが、曲を聴いていると最後に会った時の別れ際の彼女の顔を思い出し、
今でも彼女が心に生きている事を知りました。
詰まらない意地が大切な事を覆い隠して互いの絆を壊し、最後はやり場の無い後悔しか残らず、お互い同じ思いだったに
違いありません。
『愛を信じていたい』と『探しに行こうよ』を聴いていると、蒲池さんの主張の、その意味が良く解りました。
蒲池さんは純粋な気持ちで、つなぎ合う手が欲しかったのだと思います。
私の手は、掴もうとするとすり抜けてしまう『蜃気楼の様な手』に感じられたのかも知れません。
今迄、綴りませんでしたが、何故、彼女の手を確り掴めなかったのかと言えば、それは、彼女が『不思議な力』に対して、
非常に強い関心を持ち過ぎていた為です。
私の立場は、『不思議な力』を公にする事は堅く禁じられていましたから、彼女との考えには大きな隔たりがありました。
使い方を誤り、一歩間違うと狂気の世界に踏み込みかねないからです。
なるべく、道理を説き新たな道を模索する方が、有効性が高く彼女の為でもあります。
初めて、会った時から、直感についての話をしましたが、私と会う以前、既に誰かに役にも立たない、程度の低い知識を
与えられていた様で、彼女の誤った認識を危惧していました。
これも先の経緯で綴ろうと思っていましたが、私は、2001年私の誕生日まで、蒲池さんが約束を果してくれる日を心から
待ち続けていました。
彼女が約束を果たせないのは、ある程度、予測していたので仕方がないと思う様に自分に言い聞かせていたものの・・・
蒲池さんは、人を利用するだけで平気で誓いの約束を破る様な信義の欠片もない人ではないと堅く信じていましたから、
限界が彼女を壊してしまったのだと割り切り、彼女との経緯も胸の奥にしまう事にしていました。
この時、私が蒲池さんとの誓いを信じたのは、この掲載に綴った話だけでなく、もう一つの悲話を彼女に話しましたが、
この話の方が彼女の心を突き動かし私に対する様々な言動につながっている為です。
余りに残酷で、とても、公に出来る話ではないので伏せてありますが、彼女は私の心を大切に酌んでくれました。
この時、「一生、心に傷を積み重ねながら生きて行くの?さっちゃんにも、何か手助け出来る事は無い?」と言ってくれ、
この経緯があり、蒲池さんは人の痛みが解る優しい人だと申し上げています。
2003/4/9に、『探しに行こうよ』はリリ−スされていたのですが、この当時、軍学を実践しながら生きる私の心に人の血は
通っていませんでした。
研ぎ澄まされた感覚で自身の能力を思う存分遠慮なしにぶつけられる舞台の中において、自分の持てる力を駆使して
破竹の勢いにあった私には、蒲池さんの願いや祈りなど、届く筈もなかったのです。
この掲示板を読む方で、この当時の私の姿を知る人は数人いると思いますが、状況は解ってもらえると思います。
『余計な関心と無駄な反応は、迷いと隙を生む』、この時のスロ−ガンでもありました。
無用な事、不要なものを捨てて割り切る事など、私には何の雑作もありません。
その事を、蒲池さんも解っていた筈ですから、『変らないで欲しい!』との、嘆きに近い気持ちだったのかも知れません。
それは、彼女だけでなく兄弟子からも叱責された事です。
今年の五月に、期限には間に合わなかったものの約束は果たしていてくれた事を知り、彼女には済まない気持ちと
感謝の気持ちで、私の心の中にもあった雪の様な蟠りの気持ちは綺麗に解けて消えました。
これが、この掲示板を綴り続けるせめてもの心意気です。
恐らく、詩の制作だけなら、私との約束の期限内に出来ていた筈です。
多分、彼女は女の意地を張ったのだと思います。
それが、彼女の運試しの続きだったのだと、そう思います。
たとえ期日が過ぎようとも、それでも、私は彼女に、
「さっちゃん、約束を果たしてくれて有難う。
確かに友情の証は受け取ったよ。
これからは、真の友でいようじゃないか!」
こう言って迎えてあげなければ、成りませんでした。
男の歩むべき筋道とは、その様なものです。
未だ先の経緯で綴る積りですが、これだけでなく、もう一つの運試しを用意してあり、結局、彼女は3回の運試しで、
上手く行かなかったのです。
最後は、私か?、彼女か?もう2週間、早いか?遅いか?すれば会えた筈です。
会ったその時に、伝えたい気持ちがありました。
今は、心に整理をつけたいので、『懺悔の行』に入ろうと思い掲載は休みます。
来年、気持ちを新たに綴ります。
どうか、猶予を下さい。
(追記)
『グロリアス マインド』を聴いていて、泣き方を教えた事が最後には無駄ではなく蒲池さんの役に立った様なので、私の心に
少しだけ救いがありました。
今、彼女に掛ける言葉があるとすれば、
「さっちゃんの変らない心は、皆、それぞれ受け止めた筈だよ!
私も君との約束は生涯守ります。」
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| 2007年12月12日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 34 |
今日は、思いで深いCDショップに『グロリアス マインド』を買い求めに行きましたが、ラスト・レコーディング・ソングと
書いてあり、『最後なのか〜』と思うと何とも切ない思いです。
しかし、完売状態で手に入れられず、店員から「名探偵コナンのテ−マソングらしいですよ!」と教えられましたが、
世間の娯楽番組に疎い私は知りませんでした。
仕方が無いので、他の店にも行きましたが、矢張り完売状態なので、ネット・ショップに注文し数日後、手に入ります。
多分、お互いに意地を張り合っていたのでしょうが、何時も何かがあり、一歩ズレた擦違いに成ります。
ネット・ショップに注文を入力しながら、「さっちゃん、俺達は最後までズレたままだったな〜」、この様に呟きました。
前回の続き
蒲池さんは、私からの回答に対し大いに戸惑ったと思います。
元々の心根は他人との争いを好まない人の筈ですが、現状は如何であるのか、私が彼女の姿を写し出す鏡を表したに
過ぎません。
私は彼女が何を望みながら会談に臨んで来たのか、初めから承知していました。
彼女としては、何かにつけて幅広い協力を求めたかったのでしょうが、私から見れば全く何の条件も揃っていません。
精々、私の出番は蒲池さんの制作活動の環境が良くなる様な何かを考えてあげる程度の事で精一杯です。
彼女の制作活動の環境を良くすると言っても、当人が確りと制作活動を精力的に行う用意が無ければ何にも成りません。
筋違いな期待を脹らませる蒲池さんに、考えを整理する様、営業の事とプライベ−トには立ち入らないと釘を刺したのです。
仮に私が何か良い知恵を出した所で、彼女自身ですら私と正面から向き合っている訳ではないので、誰も何も動かず、
何の変化も起こり得ないのは明白であり、全ては時間と手間の無駄に終ると言う事です。
何しろ、彼女は要望はするものの何も語ってくれていないので、私の方には何処にも手の打ち様がありません。
誠を持って答える私には、彼女が中途半端な駆け引きを持ち込んで対応して来た事に悲しみを覚えたのです。
私は、蒲池さんに手の内を見せておいたので、何と返答をするのか楽しみで、
「さっちゃん、今日は『風の力』を中心に話を進めたかったけど、今の様子を伺う限り他にも必要な事がありそうだから、
予定を変えて時間の許す限り解説したいと思うが、これから挙げる中で、今現在の自分に一番必要だと思えるものを
一つだけ選択して欲しい。
@、予定通り、『風の力』に関する予備知識
A、周囲の環境を上手に治めて行く為の『三合・三分の計』に関する予備知識
B、正しい『直感』の使い方と効果的な利用方法
C、効果的なチャンスの掴み方と好調を維持する為のコツ
D、有利な選択と整理の仕方について
E、自分との戦いと他人との戦いの基本戦略
F、さっちゃんの自由な、お喋りタイム
どれが良いかな?
取り敢えず、ここで立ち話をするよりも、向こうの見晴らしの良い小さな公園にはベンチがあるから、缶コ−ヒ−でも買って、
そこで話をしよう。
時間の都合もあるから、移動の間に考えておいて、ちょうだい?」
と言って、歩き出しました。
三分ほど歩き寺の駐車場まで戻り、その隣にある公園に行く積りでしたが、その前に缶コ−ヒ−を求めました。
公園の直ぐ脇の崖に沿って民家があり、何故か自動販売機があります。
私は、応接間に通しもせず青空応接に成ってしまったので、せめて缶コ−ヒ−位は出してあげたかったのですが、
蒲池さんは、自分に出させて欲しいと譲らないので、仕方なく、彼女の分は私が出し、私の分は彼女が出す事で折り合いを
付けました。
お金の問題で言うならば、『自分の分は自分で出した』に過ぎませんが、互いに詰まらない意地を張り合っていたので、
気持ちの問題としては、これで十分納得の行く事です。
この時、蒲池さんは、「何で、こんな所に自動販売機があるの?」と訊いて来ました。
青空応接をした人には、必ず、ここで缶ジュ−スを出す事にしていますが、誰もが皆同じ事を言います。
私も初めて気が付いた時、同じ事を思い、この家のオバさんに訊ねた所、「先生、儲かるからに決まってまんがな〜」と、
言われ納得しましたが、何しろ、この自動販売機の常連の一人が私なのですから、『何をか語らん』と言った所でしょうか?
彼女にも、こう話した所、納得していました。
ベンチに座る時、厚手の生地で大き目のハンカチ状の布を蒲池さんの為に敷きましたが、彼女も私の為にハンカチを
敷きたいと言いだし悶着に成り、結局、私は既に岩に座っているので、問題は無いと言う事で決着させました。
一応缶ジュ−スで乾杯をしましたが、彼女に笑みはありませんでした。
私は、蒲池さんに何の話を聞きたいか訊ねました所、
彼女は、
「さっきの話、テレサ・テンさんが歌った『 I Love You 』の世界と同じでしょ?
全然、世界が変わらないんだ?
もっと、多くの世界を見る気無いの?・・・
未来は、どこに向かおうとしているの?もう、どうするか決めてあるんだ・・・
最後に頼れるのは自分だけって事?
もし、テレサさんなら、『助けて!』って言った瞬間、助けられちゃうんだろうな〜
冷たい風が吹いても強い風が吹いても、私の場合、諦めて我慢すれば済むんだよね!
本当は、男の子に生まれたかったんだ〜
すご〜く強いカッコいい人に成って、何時までも、ず〜っと尊敬されるヒ−ロ−に成って・・・負けたくなかった!
そしたら、認めてもらえるもん!」
などと、言い出し肝心な事は避けて言いません。
私は、『また、始まったのか?参ったな〜』と思いましたが、彼女自身、この時点で何を選択すれば良いのか?解らなかった
と、言う事と、心に動揺が走り回答を拒否したかったのだと思います。
恐らく、私の話を聞いていて思い当たる節もあり、事の重大さには気付いていた筈です。
しかし、私は、『小さなリス』が僻んだ様な事を言い出す姿を見ていると段々可愛そうになり、厳しさも必要だけど、今回は
優しくしてあげようと思い、
「なぁ〜さっちゃん、男には男の役割が在って、楽しい事も辛い事もある。
女にも、女の役割が在って、楽しい事も辛い事もある。
さっちゃんが言う通り、互いの心を分け合って、全てを受け止めあえれば、それが一番良いのは確かだ。
ただし、それぞれ、立場ってものがあって、難しい事や解り合えない事も多い。
それは、仕方のない部分だから、ここは理解しなきゃならないのも現実だ。
それにしても、急に弱気に成ったじゃないか?
それじゃ〜カッコいい尊敬されるヒ−ロ−には成れないから、ビシッと決められる人生哲学の一つも語れないと困るだろう?
俺の知ってる話は、何処を探しても見つからない珍品ばかりだけど、スペシャルな話を聞きたくないかい?」
と、尋ねた所、蒲池さんは小声で、「聞きたい!」と返事をしてきました。
次回に続く
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| 2007年12月10日(月) ZARD 坂井泉水との出会い 33 |
前回の続き
蒲池さんから訊ねられた時、本当に不意打ちで、私も返答に困りました。
本心を明かせば、私は彼女に対し、『傷付いた小さなリスが、援けを求めて懐に飛び込んできた』、この様にしか思えず、
それ以上でも、それ以下でも無い状態で、「自分の事を信じてくれるのか?」との問いには、何とも答え様がありません。
女の子の扱いが上手な者ならば、この様な時は演出を活かすチャンスなのでしょうが、私には本音が言えませんでした。
幾ら、「信じてるよ!」などと調子の良い事を言った所で、蒲池さんには直ぐ見破られるし何れ綻びが出るのも明白で、
そもそも、私の生き方ではありません。
そうとは言え、折角、元気を取り戻した直後の彼女に「信じてないよ!」とも言えず、何とも間の悪い時の訊き様です。
返事に迷う私に、蒲池さんは続けて、
「この前の時、お互いに心を分かち合えば、真実の愛が生まれて、みんなの夢が叶うって言ってたでしょ!
自分らしく生きて行くんでも、多くの人達と心を分け合って支えあう方が、大きな夢につながって行く筈だって・・・
そう教えてくれた人が、さっちゃんを信じてくれないと、さっちゃんも自信を持って大きく飛べないよ!
この前の話は、ただのリップサ−ビスだった・・・そう言う事?
前向きに生きて行くって心に決めて来たけど、一人で風に向かうのって苦しいから助けが必要なんだって・・・
誰でも強い風を受けた時には、歯向かえなくて耐えるしかないから・・・
心の中にある風の力なら、訓練すれば何とか成るかも知れないけど、外で吹く風は、どうして行けば良いの?
何時も懸命に押し返そうとするけど、知らない内に押し戻されて、段々逃げ出したくなって・・・
人の心って、本当は弱くて誰かに勇気を分けて貰いたい・・・そう願っても間違ってないよね?
さっちゃんからは、お饅頭一個、お煎餅一枚、何一つ絶対に受け取らないって言われて、初めから拒否されてるから、
何時でも切り捨てられるって感じだし・・・
多分、『風の力』の話が終ったら、そこで、幕が閉じられるかも知れない?って、感じるから・・・
特別扱いされないのは解ってるけど、何時か、『オマエの事なんか、どうでも良い!』、そう言われる気がするもん。
何時も『どうなるのかな?』って、・・・これで、お互い良い関係が望める?
もっと、心を開く必要があるのかな?もう少しオ−プンに出来たらどうか?って・・・」
との申し分で、私の言った事と多少違う気はしましたが、彼女の言う事も正論であり、その苦しい胸の内も良く理解して
いる積りでした。
ただ、申し入れの方は私の方に様々な諸事情が絡んでおり、譲歩するのは難しく簡単に了承する訳には行きません。
この話を聞いていて、私は蒲池さんが約束の条件の緩和を求めていると思い、彼女が約束を守り切れるか疑いました。
そして、この時の話し方や素振りで彼女に違和感を覚えていた、その訳が解り、ある種の寂しさを覚えたのです。
恐らく、『上手な説得の仕方』、『効果的な話し方』などと言った類の本を読んだり、誰か心理学系の事に明るい者から、
何がしかのアドバイスを受けた様な感じは明白でした。
これ等の小細工も我が身の振る舞いとして完全に消化し長く継続して維持出来るのであれば問題はありません。
しかし、自らの意思に反する振る舞いと成れば、結局、己を偽る事につながるので何時かは何処かに無理が出ます。
私は、蒲池さんを傷付けずに物事の是々非々を語らなければならないと思い、
「俺は、さっちゃんの気持ちの一部は理解して酌んでいる積りだ。
ただ、今、このタイミングで、この話を持ち出して畳み掛け様とするのは、カ−ドの切り方として適切な方法じゃないぜ。
取り敢えず、『風の力』の話を聴いた後で、それとなく頃合を見て話を持ち出してからでも遅くは無かろう?
詰まらない要求を通そうと、必要な事と引き換えにして、駆け引きをするのは『場の風』を読めていない証拠だよ。
俺が、『要求は不都合を生じるから拒否する!』と、言ったら、何を如何する積りなんだ?全てが水の泡じゃないか?
自分の事だけで済む問題と他人様の都合が関わる問題でとは、状況が違って来るから、対処の方法は全く別次元の
ものに成るだろう?
物事には一旦動かした場合、元に戻せる事と戻せない事がある。
元に戻せない事は、後先を考えて軽率に動かすものじゃないんだ。
先々チャンスのつながる失敗は成功の種を宿すが、先のチャンスを潰す失敗は出口の無いトンネルに入るのと同じ事に
成るから、後で大きなツケを払う羽目に成るぞ。
要求も喧嘩も、何時でも出来るけど、その後を良く考えてから始めないと何の効果も見込めない。
それと、『信じ合う』と言うのは、お互いの誠が積み上がって、初めて上手く動き出すものだから、ここを忘れちゃダメだ!
俺の本音は、さっちゃんに役にも立たない理屈で説教をしている積りは初めからないよ。
体裁良く話してはいるが、さっちゃんが酷い目に遭わない様に、身を守る為の喧嘩の仕方を教えている積りだ。
喰うか?喰われるか?の修羅場、プロの世界で癒しだとか憩いだなんて、甘味処を求めている姿が表に現れてる様では
限界が近いから、気力が萎えて創作活動に支障が出てくるのは目に見えている。
女の子が一人、荒れ狂う荒波や吹き荒れる嵐の中で、生きて立ち続けたいなら、嫌がらずに風の扱い方、生きる術を
覚えないと、何時か必ず身動きが取れない様に成る。
そうなってからでは、縺れた糸を解すにも手立てが難しい。
自分の心の問題さえ解決すれば先の見込みが立ちそうなら、それはそれで進めて行けば良いが、自分の周囲を取り巻く
様々な渦の中では、必ず反動と摩擦が付き物だから簡単には都合の好い方へ開放してくれないぞ!
必要な事さえ覚えておけば、例え一人でも、先が見えなくなる様な酷い目に遭う最悪の事態だけは何とか防げる筈だ。
俺は、さっちゃんの様な傷付き易い優しい女の子が、ナメクジやヒルの化け物が棲む、修羅の世界に生きている事自体、
切ない思いで見ているんだよ!
さっちゃんの父上も俺と同じ様な気持ちじゃないだろうか?
でも、多くの人がさっちゃんの歌を愛し、大勢の人達がさっちゃんの歌を必要としているのも確かだ。
さっちゃん自身、人には言えない苦労を重ねながら、ここまで挫けず努力を重ねて来た事も認める。
今でも、さっちゃんは深い優しさを持っている事を俺は知っている。
その事だけは誰が何を言おうと、さっちゃんを正当に評価してあげたい・・・
だから、心情的に営業の話は聞きたくないし、さっちゃんが何処でどんな所業を積んでいようが、咎め立てする気も口を
挟む気も無い。
しかし、さっちゃんが深く傷付いて奈落(生き地獄、どん底の状態)に落ちないで済む様、身を守る必要最低限の事だけは、
教えておきたいと思っている。
それが、多くの人達を利する事に、つながって行くからだ。
Love&Peace路線のア−チストに、こんな言い方はしたくないが、さっちゃんの住む世界は、どんなに澄ました顔をしても、
一皮捲れば、ヤるか?ヤられるか?のイヤらしい修羅場そのものだろう?
それでも、その中で夢を追いながら生きて行きたければ、俺は引き止めはしないが、せめて必要な事だけ身に着けておけ!
自分の心を前向きに進めて行く事も必要だし、生きる糧を賭けた戦では、中途半端な小細工は使い物にならないから、
こちらにも相応の対策が必要だ。
普通の者になら、小細工やハッタリの類も十分通用するだろうが、相手を間違えると逆手に取られ嵌められるだけ。
海千山千の猛者には、簡単に見破られるから通用しない。
一時だけ通用しても、ばれたら最後、何らかの形で始末されるだけだ。
行き着く所は、人と人との魂のぶつかり合いに成るって事を肝に命じておかなきゃダメだよ。
前にも言ったが、短い付き合いで済ませる相手と長い付き合いを望む相手とでは、対応を分けて考えないと何時まで
経っても、信用の積み上げは出来ないからね。
短い付き合いで済ませるなら、どんな手段を用いても、その気にさせて上手くやった者が勝ちに成るが、長い付き合いを
望む相手には、誠を持って接し互いの信用を積み上げる以外に良策は無い。
俺が信念で行動し物を言うのは、何時でも死を覚悟してるからさ!
それだけ、『間違えましたゴメンナサイ』、では済まされない場合もあるからだよ。
何時か、俺の言う事が現実に起きて、さっちゃんの身に降り懸かれば納得してもらえるだろうから、その時に俺の誠が、
どの程度のものだったのか理解してくれると思う。
お互い、人の心に浮かぶ泡沫の様な存在かもしれないが、自分に与えれたチャンスと言うものを最大限活かしながら、
諦めずに生きて見るのも風の思召しかも知れないよ。
諸行無常の娑婆世界、生き地獄に溺れる者達の相手に疲れ果てて醒めた俺の心にも、さっちゃんの『爽やかな風』や
『暖かい風』を歌にして送ってくれたら、忘れてた何かを取り戻せる様な気がする・・・
何でも遠慮なしで言い合えた方が、何となく持ちつ持たれつの気楽な間柄で良いじゃないか。
これからは、もう少し心を開いて話せる間柄にして行こう。
ただし、諸事情が絡むから、今迄通り、俺の秘密だけは何があっても死守せよ!」
話の途中、不安で泣き出しそうだった蒲池さんに、こう言って彼女の頭を撫でた所、彼女は「本当?」と凄く嬉しそうでしたが、
私は心の中で、『何か別の嫌な予感が差し迫ってるかもしれない?』と思い不安に成りました。
蒲池さんは、『各論正解』を強く求め過ぎる余り、物事全体に対する調和を保つ視点が疎かに成る癖があります。
彼女の周囲には、この癖を補える者がおらず、様々な面で影響しただろうと思います。
私は会談内容の予定を変更して、蒲池さんに必要と思われる話を彼女自身に選択させる事にしました。
次回に続く |
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| 2007年12月5日(水) ZARD 坂井泉水との出会い 32 No.121 |
メ−ルを下さる方々には、この場を借りて心より御礼申し上げます。
全て拝読させて頂いていますが、私も考えさせられる事も多く返信するまでに時間を戴いています。
必ず返信致しますので、時間の猶予を下さい。
メ−ルを読んでいて何時も思う事は、手厳しい意見は全て女性からのもので、好意的に捉えてくれているのは、40代以下の
男性ばかりです。
どこで、どう方向が違ってしまったのか?私には量り兼ねますが、作り上げられたイメ−ジとは、実態を無視してでも進もうと
慣性の法則が働き出して怖いものだと思いました。
本当の自分を表現する難しさは、私にも良く解るのですが、誤解と言うものが生まれ出すと容易に払拭できない事を改めて
実感する次第です。
本当は、この様な湿っぽい話は年内に終了させ、語りたくない 最後の方は適当にカットして2〜3回でまとめ上げて完了し
来年からは気分を一新、この掲示板もホ−ムペ−ジごと、心に残る思い出の数々と一緒に全てを消し去る積りでした。
しかし、メ−ルを読んでいると人生や己のあるべき姿を真剣に見詰め直している方々が多いと知り考え直しています。
きっと、蒲池さんなら、この様な時には、「みんなの為に、さっちゃんと感動を伝える世界へ行くって約束したでしょ!」と、
彼女の勝手な拡大解釈を押し付けられそうな、その様な気がして・・・
でも、今なら、きっと、「それも退屈しないかもな〜」と、隠さず素直な気持ちを彼女に言える、その様な気分です。
前回の続き
私は、蒲池さんが心を整理する為に余韻を残した方が良いと思い、彼女の方を振り返らず、
「さっちゃん、少し心の中を見詰め直してごらん!
さっき景色を見た所で待ってるから、ゆっくり来れば良いよ〜」
と、言い残し彼女を置いて歩き、最初に話を始めた風の吹く見晴らしの良い場所にまで戻りました。
私は、この場所にある大きな岩に腰を掛けて蒲池さんが来るのを待ちましたが、彼女は20分位して、ゆっくり歩いてきました。
温和な表情は明るく優しい目をした人で、この顔が彼女本来の素顔だと思います。
私も蒲池さんに歩み寄り、
「頑張ってる小さなリスのさっちゃんに、ご褒美をプレゼントしよう!
今日は、特別に風の受け止め方を伝授する。
これは、様々な事に応用可能で感性を磨く訓練にも成るが、前回に教えた感覚の取り方よりも高度だ。
基本は同じだけど教えて簡単に出来る事でもないから、後はさっちゃんの精進次第だな〜
教えた通りにして、もう一度、ここで風を心と体で受け止めてごらん!心身一体に風を感じると自分自身が風に成れそうな
気がするから・・・」
この様に言って、幾つかのコツを教えた上で蒲池さんに、風と一つに成って見る様に勧めて見ました。
彼女は、試してみると言う事で始め出しましたが、私は彼女から10mほど後ろの岩に腰掛け成り行きを見守っていました。
恐らく、この時、彼女は非常に純真な心を取り戻していたのだろと思います。
彼女の後ろ姿を見詰めている内に、嫌な予感の正体が次々理解出来ました。
『あ〜、限界寸前か?限界ライン上なんだな。
以前の様な心がハジケル嬉しさを感じられず、衰えを実感して焦りの方が大きくなっているが、周囲には覚られない様に
努めている。
しかし、周囲は気付いて既に動き出している。
人気の陰りで、このまま営業ベ−スでの売り上げの落ち込みに歯止めが掛からない状態が続くと、段々資源の割り当ても
減るから、築き上げたものが消え行く可能性が高くなり始めている環境だ。
恐らく、惰性の人気で暫くは持ち堪えられるかも知れないが、ジリ貧は避けられない。
作品を生み出す気力が萎えているから、このままだと、半年〜1年程度で山を迎えるだろう。
それに、関係ない裏側では足の引っ張り合いか?、誤解から来る厄介事に巻き込まれ貧乏くじを引かされる。
何食わぬ顔をして仕掛けるのは、女じゃない身近にいる男だろう?
根回しが下手で殆ど出来ていないから、後々に大きく禍根を残して引きずり続けなければ成らない。
状況が一変する事が起きるば生き残れるチャンスは得られるが、どちらにせよ深く傷付く事になる。
恐らく、周囲には心から盾に成ろうと思う者は誰もいないし、それぞれ、疑心暗鬼だから先々も信頼関係が難しいか?
解決の糸口を持つ者も無難に処理出来る者もいなくて、手が打てない。
狼少年と同じ罠に嵌っているから、誤解を招いたままなのも厄介だ。
それに、疫病神の様な奴が近くでウロウロしているから余計にややこしい。』
この様に嫌な予感の正体が閃いた時、本人に問うべきか?否か?迷いましたが、私の心中では更に、
『今話せば、不必要な動揺を与えてしまうだけで、逆効果になる。
心当たりがある所も根が深いだけに彼女だけでは対応が不可能だ。
かと言って、さっちゃんを助ける事で他の誰かに犠牲を強いないように的確に進めないと彼女の立場が無くなる。
手段と時間に制約がある上に、営業上の事とプライベ−トが複雑に絡み過ぎているから、立場的に手が出せない。
弱り目に祟り目が重なりそうだけど、打つ手が無いから参ったな〜
出来る所で手を打てるとすれば、彼女の精神的ネックになっている問題を徹底的に清算させて、精神面での環境を
改善させて、意欲を出させる所から取り組む事が先決だろう。
取り敢えず小さなリスから危険だけは回避させて、後は徐々に進めてチャンスを待つしか・・・』
この時、私の心は、小さなリスを守る為に自らの犠牲を覚悟しつつ様々な思いが嵐の如く駆け巡っていました。
10分ほど過ぎた所で、蒲池さんは風と一体になる事を止めた様で、私の方に向かい歩き出したので、私も岩から腰を上げ、
彼女の方に歩み寄り、
「さっちゃん、風の力を受け止める事は出来たかな?」
と訊いてみた所、彼女は照れ笑いしながら、
「ん〜風を感じるなんて何時もしている事だけど、視点を変えて受け止めるのって意外と難しかったかな?〜
何て説明すれば良いか言葉に出来ないけど・・・
でも、一瞬だけ、風の流れと、ざわめきが体の中に入って止まった様な?今までに無い感じがしたかも知れない?
心だけじゃなくて体も軽くなった様な・・・風の力って、何て不思議な感じがするんだろう〜」
と言うので、私は思わず大笑いして、
「そうか〜小さなリスも、なかなかやるじゃないか?それだけ解れば、大したものだ!
風の力は奥が深くて、突然何となく全てが理解できる訳じゃないから、これからも日々修練が必要だ。
俺の場合は、さっちゃんに教えた事よりも複雑な事をしているが、1年365日の中で風邪をひいた日以外は、こう言った
事を毎日欠かさずに行っている。
それでも、自分で納得が行くのは月に数回、心に感じ取る事が出来るだけでも週に何回か程度だよ。
大切なのは、日々の積み重ねを怠らず、自身を成長させながら道を歩み続ける事にある!
誰も知らない見えない努力が実を結ぶのであって、他人の目を引こうと幾ら演出をしてメッキを掛けても、何時か何処かで
必ず剥げ落ちるものさ。
誰も知らないだけで、さっちゃんが考えている以上に、俺は真剣に修行しているから、単に怠けてお昼寝だけして気楽な
毎日を過ごしている訳じゃないよ。
一般人としては不真面目かも知れないが、世捨て人としては至って健全な生息状況なんだから誤解しないでねぇ〜」
と言うと、蒲池さんは大笑いをしました。
彼女は、思ったより良いセンスをしているので、教えた事を十分活用出来る器量が備わっているものと判断し、更に理解が
進み創作意欲の向上へとつながる様、
「辞書や本の様に書いた物を読むだけなのと、現実に自分の心で直接、感じ取るのでは見方が全く違って来るだろう?
頭で理解している知識と自由自在に操れる様に体得した技では、その活し方から生まれる過程が違うものなんだ。
この両方がバランス良く合わせて使えると最大限の力を発揮できる。
今回は、この前に教えた事を実習してみたが、これだけでは不足だから、理屈も合わせて知らなければ更に深い所まで
到達しない。
全てを知る所まで行き着くと、小さなリスも諸葛孔明や上杉謙信、弘法大師や安部清明と肩を並べられるぞ!
尤も、この人達は、『風の力』と言うよりも『龍の力』を手にしているから、風だけじゃあ〜足りないけど・・・
龍と言っても、蛇のお化けが取り憑いているとか言う意味じゃないから誤解しないでくれよ!
『風や龍』と言うのは、飽く迄も物の例えを一言で表した比喩だからね。
こんな意味を含ませながら、『ドラクエで修行をしておけ!』と言ったのさ。
では、『風の力』を解説して行くが、それよりも何よりも一番最初に絶対不可欠なのは何か?
それは、『信じる事』であるが、何を信じれば良いか、もう解ってるよね?」
と、蒲池さんに問いかけた所、逆に彼女の方が私に、「ねぇ〜、さっちゃんの事を信じてる?」と、訊き反して来たので、
私は思わず、「え゛っ!〜」と絶句してしまい、彼女の知りたがっていた『風の力』を話し出す直前に成り、この状況から
反撃を始めて来るとは思いもよりませんでした。
次回に続く
(追記)
普段ならば、嫌な予感や閃きがある場合には、誤解も恐れも躊躇いも無く相手に確かめながら、話を進めている所ですが、
蒲池さんの場合、折角、心の落ち着きを取り戻して元気が蘇ったのに、不吉な事を言って不安にさせたくありませんでした。
本来なら話すべき所でしたが、彼女の笑顔を見ると迷いが出て言えなかったのです。
もし、私の判断に誤りや不足が出た場合でも、速やかに適切な修正が加えられず、返って、ややこしい状態に陥ってしまう
事も恐れて率直に話せず伏せてしまった事もあります。
本人も、「直感が閃いた時は、隠さずに本当の事を話してね!」と、言っていましたから、この時の判断の先延ばしが、後悔を
生む切っ掛けと成りました。 |
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