大太法師語録 『探求雑話集』

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2007年7月21日(土)  ZARD 坂井泉水との出会い 11  No.100  
 企画開始当初から掲載100回記念の時は、何か楽しい事を企画しようと思っていましたが、蒲池幸子さんの追善供養に
成るとは、夢にも思いませんでした。

 蒲池さんを案内した崖は、山の中腹が開けた様な所で、30m程度下には県道が走り、丁度、丘の様に成っており、
正面は真東を向き、南北に180度以上開けた場所で、標高の関係から下界が一望に見渡せる絶景の場所です。
私は、毎日、この場所に立ち、旭日を浴びながら、日の光が与えてくれる恵みに感謝し日本国の繁栄を祈り、月の出る
夕暮れには、一日の感謝を捧げ、月がもたらしてくれる安らぎに感謝し、自らの業罪を懺悔しました。
台風と雪の時は休みますが、雨の日は水の恵みに感謝し作物の豊穣と日本国の繁栄を祈ります。

今でも毎日、太陽と月、雨への感謝と祈りは欠かさず続けています。
これは師匠の「感謝の出来ない者は、先々の見込みが薄く成って行く」との教えによるものです。
この掲示板を読む方々の中には、私が直接、「感謝が足りない」と申し上げた方々もありますが、油断が形に表れ始め、
先々の見込みに険難の予兆を示していた為です。

以下前回の続き

 蒲池さんをこの場所に連れて来た時、単に風景だけ見せて気分転換させようか?それとも教えを授けるべきか迷いました。
この時の彼女は、『感謝の薄い人間』にしか見えなかったので、『精々、長く持って5〜6年かな?』と踏んでおり、彼女に対する
期待が良かったのか?悪かったのか?計り兼ねていましたが、「どうだい、良い眺めだろう?」と尋ねた所、
彼女は、返事をしてきましたが、この返事を聞いて、もう少し深い教えを授けた方が良さそうだと思いました。

私は、東を指差しながら、
「この真直ぐ先が東方、俺達の故郷、関東だ。
 それを更に真直ぐ東に進むとアメリカがあって、その先にアフリカ、中東、中央アジア、中国、結局ここに戻って来るけど、
 どこまでも真直ぐ進み続けて、世界中の隅々を見渡して見ても一ヵ所だけ、どうしても見る事が出来ない場所がある。
 それは、自分の背中だよ!
 背中は他人から丸見えに成るけど、自分では気がつかないし、その姿を言われても受け入れられないのが、人の性(さが)の
 悲しい所さ。
 背中が物語るもの、それは、その人の値打ちってものかもしれない。

 さっき、「人を信じるとは、どう言う事か?」聞いたけど、その答えに満足しなかっただろう?
 あれは基本的な答えに過ぎないけど、あんな杓子定規な事だけでは、世の中で通用しない。
 簡単に言えば、『信じるとは、得心する事』だよ。
 納得して受け入れた筈なのに、背かれてしまえば、ショックを受けるのは誰でも当然の事さ。
 本来、お互いに、それが十分理解できていれば、相手に対する自身の行いに責任を持つ自覚も出てくる筈なんだけど、
 この世で、それが実行出来ている人間が、何人いるだろうか?
 少なくとも俺は、人生で何万人以上と言う人間と知り合ったか分からないが、互いに認め合えたのは、僅かな人しか
 いなかったぞ!

 だから、得心する前に必要なのが、『相手の背中を見て判断を下す事』なんだ。
 人を見る時は目で見るんじゃない、腹で視なけりゃ何の役にも立たない。
 蒲池さんの様に、向き合った相手の表面だけ見て判断しても、何れ背中にある隠された諸々が透けて見え始めて来た時、
 相手の事を気に入らなくなるのは当然さ。
 延々、それの繰り返し!
 さっき、『自分は、どうなんだ!』と言われたけど、その通りだ。
 他人の事ばかり論ってみても、己の姿が御粗末なら、相手から信用されなく成って見限られてしまう。

 恋愛だとしたら、誰かを好きに成るのは、人間本来の本能だから実に簡単な始まりだ!
 そこから、やがて、互いに信じ合って愛に変わって行く。
 しかし、何時の間にか、輝きが色褪せて他所を探したくなるのは何故か?
 それは、相手から受け取る事ばかり望み、自分が渡す事を忘れているから、何時まで経っても問題が解決しないのさ!
 『真実の愛』を手に入れたければ、向き合った相手に何を渡せて、何を補ってもらえるのか?よく考える事だ。

 それと自分を見失うのは、自分の背中に重いものを背負いすぎているから起こる場合が多いけど、その時は、幾分かでも
 手に余る事は、誰かに持ってもらえば良いだろう?
 それを頼りたい相手に乞い願う時、『相手を信じる』って事になるもんだよ!」

この様に言うと彼女は、
「どうして、冷めた言い方ばかりして、今みたいに優しく言えないの、エイッ!」とか言いながら、私の脇腹にパンチをしました。
語り合っている場所が場所だけに、
私は、
「蒲池さん、足元は崖なんだから、悪ふざけしちゃダメだよ!!
 第一、蒲池さんの事を信じる何て一言も言ってないし、教えなきゃいけない恩も義理も無いだろう?
 蒲池さんも俺の事を信じる必要はないし、話を信じる必要も無い。
 互いに、無関係と言う自他共に認める間柄なんだから、当然の成り行きじゃないのか?
 何度も言うけど縁のない人は、助けられない。
 さっさと帰ってくれれば、俺もここまで時間を取らずに済んだから、大好きなアニメの再放送が見られたんだ!」と言うと
彼女に、
「そんな傷ける言い方だと、ぜ〜ったい、女の子にモテないから!!」と言われました。
私は、
「女の子にモテ様と生きてる訳じゃないから、俺には関係無い事だ!
 さっきから言っている、『縁のない人は、助けられない』って言う本当の意味は、100人に同じ話をしても100人が同じ様に
 受け取れないって事を言いたいんだよ。
 幾ら時間を掛けて一生懸命話をしても、『ヒントを得て実行する人』、『話だけ聞いてる人』、『疑う人』、『その場で忘れる人』、
 『理解の出来ない人』、『反発する人』、全員の反応が個々別々なのは、各人置かれた立場が違っているから、当然なんだ。
 人にはそれぞれ、持ち合わせた使命と性質があるし、好き嫌い、合う合わない、それぞれ波長も違うから、何が良くて何が
 悪いのか、一概に言えないのが真実さ!
 それを無理矢理、自分の意見に従わせようと号令した所で、無駄な努力に終わるから、疲れるだけ!
 ダメだったら、本人に全ての責任を取らせれば、それで済む話だよ。
  それより、話をしていて疲れるから、一々話の腰を折ってケンカを売らないで下さい。」この様に彼女に頼むと、
彼女は
「言ってる事は理解できるけど、冷たい言葉を投げかけられると、悲しくなるから・・・
 でも、本気で話せるのは、すごく楽しい♪〜
 こんなに激しく感情をぶつけ合って話しても、何も気を使わずに平気で話せる人って、誰もいないし〜
 何を考えてるのか分からない人だけど・・・嘘は無いから・・・
 それなのに、ドライの振りは×(バツ)。
 どうして、『友達でいいじゃんか!』って、温かく迎えてくれないのかな?」との返事をしてきましたが、
私は、
「受け止められる人が居ないって、それは普段から太鼓持ちや年下のオネエ坊や達ばかりを相手にしてる証拠だよ・・・
 俺も人の事は言えないけど、他人に感情を思い切りぶつけるのは、迷惑に成るから大人のする事じゃない。
 時と場所と相手を選ばないと碌な事に成らないから・・・

 蒲池さん、友達の種類にも『松竹梅』あるから、真の友、単なる仲間、便宜上の友人がいる。
 『真の友』とは喜びと苦労を共に分かち合えるから、本当の友情のままでいられるんだ。
 蒲池さんの言う『友達』って、単なる利用価値の判断で、損得の結びつきが中心の関係に過ぎないだろう?
 『都合の良い人は好き、便利の悪い人は好きじゃない』って言われても、魅力なんか何処にも感じないぜ!」
と彼女からの提案を保留しました。
彼女は、
「でも、何か出会いの切っ掛けは必要でしょ!
 (心の)ハ−ドルが高過ぎると誰も来てくれないし孤独のままで寂しいよ。
 普通の人と違うのは判るけど、(一般の世界に)戻ってみた方が幸せも多いと思うし・・・」
と言いかけましたが、彼女の言いたい事は、別の人達からも言われているので、
私は
「心配してくれて有難う。
 単に意地を張っている訳じゃなくて、準備を整えているに過ぎないから、何れ時期が来れば、方針は換える。
 為すべき時期には果さなければならない事があるから、俺なりに筋を通して納得する所まで行ってみたいのさ。
 俺も自分の好き勝手に振舞っているけど、それでも、腹を割って話せる人は多いし蒲池さんよりは孤独じゃない。
 本気で叱ってくれる人もいるし心配してくれる人もいる、支援してくれる人もいる。

 蒲池さんを真の友として迎えるのは、先ず、みんなの為に心を込めて曲を作る姿を見せてもらって、納得してからに
 したい・・・
 残念ながら、俺の目には、蒲池さんが約束を果せる様に映らなくてね。
 これだけの素晴らしい教義を前渡で教えても約束を違える奴は友には出来ないが、約束を果してくれたら、蒲池さんに
 全面協力して、友達でも軍師でも護持僧でも、俺に出来る事なら、蒲池さんの望む様に仕様じゃないか!」と返事をした所、
彼女は、
「お互い、約束を果せる様に、頑張りましょう!」と嬉しそうでした。

何らかの期待を持つ彼女に、カ−ドを軽く切って反応を見ようと思い、
私は、
「俺は、蒲池さんの成り行き次第だから、どうでも良い事だけど・・・
 取り合えず友人候補として、友情の証に、さっき話した『カ−ドの並べ方』を実演して上げるよ。」
と言い、彼女に幾つかの事を言いました。
(内容は非公開)
彼女の表情は見る見る引き攣り態度も一変して、何かを言おうとしましたが、私は黙って首を左右に振り、彼女を制止しました。

私を呆然と見つめたままの彼女に、
「この程度の話なら、背中に写っている鏡を見る要領さえ掴めば誰にでも出来る『梅』の話だ。
 驚いて声も出なかった様だけど、不思議でも何でもない、カ−ドの操り方さえ解れば、手に取る様に見えて来るのさ!
 そこに、様々なエキスを加えて、更に精製するともっと面白い事が、出来るようになる。
 今の蒲池さんでは、さっき話したカ−ドの切り方は到底扱えないと理解出来ただろう? 
 これらの知識は、戦前まで天子様の為に御授けする教養の一つだったものを解り易く説明しているに過ぎないから、
 身に着けて損の無い知識だ。
 蒲池さんには、大儀の為に必要な事を話している積りだけど・・・頼りない感じだな〜
 
 いいかい、何時の世でも何処の世界でも、何かを成し遂げ様とすれば、溢れんばかりの熱い情熱と行く手を阻むものは、
 躊躇う事無く確実に仕留めて行く冷徹さを併せ持つ必要がある。
 嫌な言い方だけど、この世は力の流れが支配する娑婆世界、綺麗事だけでは済まないのも世の習いだから、戦いを上手に
 治めるには、カ−ドの切り方を体得しなければ成らないのさ。
 何れ時期が来たら、カ−ドの切り方は話しても良いだろうが、普通の人は、目先の損得、自分の欲得だけで直ぐにカ−ドを
 切るから、多くの場合、各論正解、総論不正解に陥る。
 それは、巡り廻って咎を受けるからだ。
 所詮、人の見通せる事なんて知れたものだから・・・
 蒲池さんも、その身を持って思い知る時が必ず来るさ!・・・」
この様に言うと彼女は畏まり、今までの和らいだ雰囲気と打って変わって、話の腰を折りケンカを売ってこなく成りました。

引き続き、感謝について語ろうと思います。

次回に続く
2007年7月15日(日)  ZARD 坂井泉水との出会い 10
 今日は、彼女の七七日(四十九日)ですが、カレンダ−の日付は進むものの心の時計は止まったままです。
忌明けの今日を区切りに心の整理をつけ、この掲載を終える積もりでしたが、記載をしているうちに様々な思いが込み上げ、
もう少し時間を掛かけて綴りたく成りました。

以下前回の続き

 折角、私の人生で二番目に好きな曲を例に挙げ、一応のまとめを行おうとしたのですが、
彼女は、
「真剣な話をしているのに、受け狙いみたいな事を言って何が楽しいの?
 苦しみの中で必死に助けを求めてる人を見殺しにするってどう言う事!
 他人事だから、関係ないって・・・アナタは間単に言うけど・・・その人達の辛さ、真剣に考えてあげたの?・・・
 人を愛するなんて、偉そうな事言える資格なんてない!・・・
 それで、日本の将来を考えてるなんて威張ったって、誰も信じないから!!・・・
 立派な事言ばかり言って、何も出来ないのはアナタの方でしょ!
 ペテン師と同じじゃない!!
 上辺だけの綺麗事を言って知らん顔しているアナタよりは、夢を与えてくれるだけペテン師の方が、マシ!・・・
 アナタの好きな曲の話なんか聞きたくも無い!・・・」
と怒り出したので、『手加減せず言い過ぎたかな〜』と思いました。

蒲池さんの申し分は、八割方尤もな意見なので、私も返事に困りましたが、
「受け狙いをしていると言う部分を除けば、全て蒲池さんの言う通りだよ。
 どうだい、蒲池さん自身、今ここで真実から目を逸らさず受け入れて見て苦しくて悲しかっただろう?
 他人事の場合は、痛みなんて何も感じないけど、自分がその立場に置かれたら誰でも逃げ出したくも成るし怒りたくも
 成るさ!
 今、蒲池さんに言われた事、俺自身、何時も自分に投げかけている言葉だよ・・・
 逆に、その事を誰よりも身を持って知ってるから、何かしら伝えられる事もある・・・
 これ以上、ペテン師以下の俺が何を言っても仕方がないから、話はこれで終わりにしよう!」
と言って席を立ち、出した菓子を彼女に包んであげて、お茶を片付け様としました。

彼女は、うつむいたままじっと固まっているので、私は一旦座り直し彼女に、
「帰ったら、お風呂に入った後で、好きな曲をかけて今日の事を思い出しながら、月か星か夜景を見て、ゆっくりと気が済むまで
 泣いてごらん。 
 酒は飲んじゃダメだよ!
 泣き疲れたら寝て、目が覚めたら何でも良いから食べて、明日は何となく過ごすんだ。
 夕方は、自分の好きなものを、お腹一杯食べて寝る。
 酒はダメ!
 明後日は、何時も通りに過ごせば、数日後には何となく、昔に捨て去った筈の自分が一部分だけど戻って来てる筈だよ。
 魂の傷を直すには、清んだ涙で洗い流してやる必要があるんだよ・・・
 涙は、心に降らす恵みの雨だから、嬉しい時には潤し、怒りを静めて、悲しさを慰めるものなんだ。
 涙で懺悔が済めば、抱えてる罪悪感も段々と消えて行くから・・・
 これが出来ないと何時までも、乾いた心は潤わない・・・
 縁のない人は助けられないのが・・・悲しいけど定めなんだ。

 今、俺に言った心が 、本来持ってる蒲池さんらしさだよ。
 そんな自分、もっと大切にしろよ!

 蒲池さんの人生に責任が持てるのは、ご両親と蒲池さん自身だけ、その他、恋人だとか彼氏だとか友達なんて付属の
 者共は、何の責任も負えないのが、本当の所だ。
 結婚すれば、両親の変わりに伴侶と言う事に成るが、それでも蒲池さんの人生は、自身の負う責任が大きい。
 人生は、自身の選択と行いの結果を表しているからね。

 もう、二度と会う事は無いだろうが、参考に成ると思う所だけ取り入れれば良い。
 さっき教えた感覚の取り方を少しずつ訓練すれば、ア−チストとしての感性も自然と磨かれてくるから、心配はないよ!
 感情は上手に扱わないと肉体に負担が掛かるから、健康管理には気をつけろよ!
 人気の上がり下がりよりも、心の奥に届く詩を描く様に気を配れば、息の長いア−チスト活動が出来るし、もし結婚相手が
 見つかった場合は、迷わず歌よりも結婚を選べ、ア−チスト活動は結婚しても続けられる・・・

 泣いてスッキリしたら、今日の出来事は気にしない様にして、早く忘れる事だ。
 そうしないと何かの切っ掛けが有る度に、今日の記憶が蘇って、心が痛み出すから・・・
 ただし、
 ・多くの人達の心を大切にする事
 ・俺の存在と話の内容は絶対に秘密にして、記録にも残さない事
 (2001年以前に知り合った相談者全員に、互いの氏名は伏せ、話の内容は絶対の秘密として守って戴く事にしていました)
 この二つだけは、守って欲しい。
 これで、俺の役目も終わった様だ」

こう言って席を立ち、これで、全ての幕引きが完了したとの思いから、何となく気が抜けて、動こうとした際、不覚にも隣の
椅子に躓きコケました。
『最後にコケるとは、しまらねぇな〜』と思い立ち上がり、彼女の方を見た時、彼女が小声で、「
○×△□☆い」と言った様な気が
したので、「何か言った?」とウッカリ聞き直してしまいました。
彼女は、うつむいたまま
「ごめんなさい!
 初対面なのに、ここまで考えてくれるとは思いませんでした。
 いろいろ混乱してるから・・・
 二番目に好きな曲の話・・・聞かせて下さい・・・」

私は、彼女の様子を見ていると耐えられそうにも無いと思い、
「蒲池さん、誰でもこんな具合に成るから、気にしなくて良いよ!
 別に蒲池さんの為を思ってしている訳じゃないし、俺にとって、他人事はどうでも良い事だろうって言うのも事実だから・・・
 人生で二番目に好きな曲の話は又の機会にしよう。
 今日は疲れただろうし・・・
 それに、これ以上話すと蒲池さんを月に代わって、お仕置きする事に成るから・・・」
彼女は、僅かに沈黙しましたが、「このまま帰ると二度と会ってもらえない気がします・・・」と鋭い事を言いました。
多分、何を言っても、簡単に引き下がる人では無いだろうから、話を続ける事にして、一旦、休息代わりに私の好きな風景の
崖に案内しました。

次回に続く

(追記)
実際に蒲池さんが怒り出した時の会話は、もっと激しいものでしたが、要点だけをまとめて記しました。
蒲池さんの話は、その場、その場での感覚で質問をして来たり会話を交わしたりするので、全てを記す事は出来ませんが
御了承ください。
私の言い分は、常日頃からの主張なので、蒲池さんにも同じ返答をしており、長めに記しています。
彼女の場合、話の筋よりも会話のやり取りそのものを楽しんでいて、話は直ぐに脱線してしまい話題があちこち飛びました。
始めのうち彼女は、緊張して硬くなっていましたが、直ぐに打ち解け、話をしていても、感情もそのまま顔に出て表情も豊かで
話していても楽しかったです。
初め持っていた印象とは違い、世間で言われるイメ−ジとも違っている様に感じました。
単なる世間話だと表面的な話に過ぎないので、特に問題ないでしょうが、互いに熱く己をぶつけ合うと普通の人では、彼女の
感性の鋭さに着いて行けないと思います。
私も熱く語り合う事は大好きですが、なかなか話をしても良い相手が見つからず寂しい思いをしていましたが、彼女も同じ思い
だったかも知れません。
彼女と私は同学年ですが、私の方が修行の成果がある分、受け手に回っても何とかなりましたが、彼女を相手にして不足は
ありませんでした。

彼女が激しく怒り出した大きな理由の一つは、ここに記載しませんでしたが、私の発言で、
「アフリカの土人達は、互いに目を合わせれば戦争ばかりをして鶏と同じだから、自分達の好きな様にさせておけば良い。
 何万何千万死のうと、それは食料と人口のバランスの上に成り立っての事だから、食物連鎖上止め様が無く仕方無い。
 中途半端な繁栄を始めさせて、人口爆発を起こした瞬間から、世界の秩序とバランスは崩壊して収集がつかなくなり、
 結局は世界中が自分の首を自分で閉めてしまう。
 それより、日本が繁栄して、大企業から中小零細まで潤い、果ては水商売、ヤクザに至るまで、日本中にお金が回って
 経済成長している方が、皆の幸せにつながるから、自国の繁栄を維持する為の活動の方が遥かに大切。
 土人から脱皮して、秩序ある繁栄を目指そうとする段階に入った時、友人として手助けすればそれで済む」
この様に、何時もの主張をした事に対し。
彼女は、
「何万何千万死のうと仕方が無いとの趣旨は、人の道に外れて、尊敬出来る言葉ではないから取り消せ」と言いましたが、
私は、
「尊敬してもらう必要は何処にもないから、思想信条を曲げる気は無いし発言も取り消さない。
 経済の深い背景が解らないのに、この問題を語ろうとした所で、何の意味も価値もあるか!
 現地が、どの様な事に成っているのか、その目で確かめて来い、悔しかったら争いを止めるように説得してみろ!
 逆に、オマエが捕まって売り飛ばさせれるのがオチだ。
 さっき話した女の子の様な話が、少なくて済む社会を目指す事に貢献して行く方が、世の為人の為に成る」と言いました。
彼女は、悔しそうでしたが、これ以上、この問題に触れませんでした。
この様な話の背景が伏線にあります。 
2007年7月11日(水)  ZARD 坂井泉水との出会い 9
 以下前回の続き

 『真実の愛とは何か?』この課題も大変難しい事ですが、『人を信じるとは何ぞや』と言うこの課題とは付随しているだけに
同じ程度、難しい問題です。
考察するのが難しいと言うよりも、現実を直視する事の方が難しいと思います。
私が扱った相談でも、この様な事を尋ねる中で深刻な話をするのは大概が女性であり、対人関係での悩みを持つ人の多くは、
再び『人を信ずる事』への躊躇いを口にします。
人にもよりますが、男性の場合は、10分も諭せば余裕で解決する程度の話なのですが、女性の場合は私が話す内容に対し
嫌悪感を抱く様で、話の途中に感情が治まらなくなり、無関係な私までもが悪者扱いされるので話をしたくないのが本音です。
今回も出来る事ならば避けて通りたかったので、「相手の心を本心だと思い込む事だ!」と辞書にある様な女性専用のために
作った模範的な回答をしました。
しかし、彼女は納得せず、「本音を答えないなんて、可愛くないな!」などと言い出す始末でしたが、私としては事の成り行き上
どうにも仕方がなく、
「蒲池さんには参ったな〜
 お互い可愛げがないのは、今更どうにも成らないぜ。
 俺は他人から好かれ様と自分を作りながら懸命に生きる芸能人とは違うから、他人が何を如何思おうと一々関係無いし・・・」
この時、彼女は、「私は、可愛いもん!」などと言ってきましたが、一々反応すると話が進まないので気にせず話を続けました。

「そもそも、人を信じるって一体何を如何信じるの?
 先ず、現実と理想は分けて考えなきゃ駄目だよ〜

 人の心は条件次第、気分次第で常に変化するし、言葉だって時を追えば自然と変わって行くのが普通だろう?・・・
 形が無くて担保の仕様がないものを如何して信じ切れるものと言えるの?
 第一、相手の本心なんて見えないし本音だって分からないのに、何を期待出来るのかな?
 それを勝手に判断して自分の都合の好い様に解釈してるだけの話なんだから、元々何が起きても不思議は無い話だ。

 例えば、別れ話の本音なんて、
 『お前は、もう役に立たないし魅力も値打ちも何も見出せなく成ったから用済みだ、他所に幸せを探しに行きたい!』 
 お互い体裁良く、こう言い合っているに過ぎないし、早い話、ス−パ−のチラシを見比べて、あれこれ品定めしているのと
 同じ要領じゃないのかな?
 こうなって来ると、条件の悪い方、見劣りする方が負けて行くのは、初めから決まってる話だろう。
 この状況で、何を如何信じれば正解が得られるのかって? 
 こんなものは、愚問だよ。

 何かを与えてくれれば、何かを差し上げます。
 何かを与えるから、自分の思う通りにして欲しい。
 これって、単なる取引に過ぎないからね!
 取引で得られるものが不利になれば、相手に何も魅力を感じなくなるのは当然だろうし他所に移りたく成るのが人情だ。
 それでも条件に捉われず、信じるに足ると思ったら相手の為に犠牲を強いられても我慢しなければ、何れ関係は上手く
 行かなくなるのが自然な成り行きってものさ。
 それが嫌なら、信じるなんて無駄な事は、初めから止めておく方が賢いってものだ!
 逆に、相手に対して犠牲を強いてしまう様な場合は、予め何がしかの納得して貰える様なものを用意しておかなければ、
 信ずるに足ると扱って貰えないのが、世の中の筋ってもの。
 そこを何かの弾みで脱線するから、後からツケが回って、結果が悪いの何のカンのと不足を言う羽目に陥るんだよ。
 人間誰しも他人の都合で生きてる訳じゃないから、全てが御都合主義の妥協に過ぎない話だろう?

 梅干を食べても種まで丸呑みする奴はいないし、仮に種まで丸呑みしても何時かはウンコと一緒に捨てられる運命にある。
 出がらしのお茶を何度も再利用して飲む奴はいないし、バナナは中身を食べたら、周りの皮は捨てるのが普通だ。
 利用価値のないもの、思い入れの無くなったもの、用済みのものは、何時か捨て去ると言うのが、人の世の習いってもの!
 生き方、考え方の善悪は別にして、この事をよく頭に置いて冷静に考えてご覧!!

 『見る事の出来ない他人の心は判断の難しいものだが、その心は何らかの言葉や態度に現れ、生き様に反映されて行く』 
 先ずは、これが大原則だけど、問題は、幾ら言葉や態度が立派でも行動が伴わなければ、その言葉や態度には何の
 意味も価値も為さ無いのが当然の事じゃないのかな?
 生き様を見た時、信義を重んじない奴を、信用する程の値打ちがある人間と心底から思えるのかい?
 仮に信用するとして、問題が起きても、そんな奴を信じた自分が酔狂なだけで、明らかに自分の責任だろう?
 生き様って言うものは、その人の思想、信条、信念、諸々全ての心が形に表れた行動の結果をさしているのだから、その業績を
 どの様な評価を下して、納得するのか?否か?
 そして、納得した評価に対して、将来に対する何らかの期待を抱くのか?否か?
 その期待に対し、不測の事態には何処まで犠牲を覚悟出来るのか?否か?

 これが、『信ずる』と言う事の筋道だと思うけど、早い話、
 『信ずるとは、信じた相手の生き様に対して納得し期待した分の犠牲を用意する事』とも言える。
 つまり、『見る事が出来ない心』と言うものだけを当てにするのは危険だし、裏づけの無い言葉に何がしかの期待や喜びを
 抱くのは阿呆としか、他に言い様がないよね?
 元々、誠意のある人が相手なら、大切に感じている相手に対し犠牲を求めるなんて、余程の事情が無い限りしないだろうし、
 仮に、そんな場合でも、その理由は納得の行くものだろうと思うけど?
 少なくとも無責任な事はしない筈だ・・・」

ここまで言い終えると、彼女は信用出来ない人の具体的な見分け方を教えて欲しいと尋ねメモを取ろうとしました。
私は、全てが口伝のみで許される秘密門の世界だから、頭脳で記憶して憶えるではなく、心と感情を使って、受けた時の感覚を
そのまま体に刻み付ける覚え方を行う様に指示しました。
この方法は、千年以上の昔から伝わるものですが、感情と肉体のバランスを崩しやすいので、強靭な精神力が必要と成り、
誰にでも出来る事ではありませんが、習得すると研ぎ澄まされた感覚を得られる様に成ります。
関心のない事は殆ど憶えられませんが、一度覚えた事は何時までも、その時の情景を浮かべる事が可能です。
これが出来ないと膨大な口伝が覚えられないから、古代インドで開発されたものだと思います。

以下、簡単なペテン師の見分け方
 ・物腰は柔らかく親切丁寧、決して反論はしない聞き上手のタイプと相手の心を擽り夢や希望を抱かせる饒舌タイプとがある。
 ・どちらにも共通しているのは、目的が達成されるまで、相手の心を害しない様に細かい所まで気を使い、さらりと献身的な
  良い人である事の演出が徹底している。
  手のひらを返すのは、利用価値がなくなった時、例えば、お金や品物を渡した後、結婚を言い出した時、用件が終わった時
  などであり、悪党には思えない様、引き方は体裁よく取り繕いながら去って行く場合が多い。
 ・要求は小さな何気ない事から始まり、次第に大きなものへと発展する。
 ・ケジメがなく、貸し借りを曖昧にしようとするのが特徴。
 ・言う事は立派でも決断を迫ると迷う振りをして、先延ばしにしたがる。
  とかく言い訳が多くて、実行力は殆ど感じられない。
 ・見てくれや体裁には、人一倍念入りに気を使い人目を気にする。
 ・その他諸々
 
「ペテン師と言っても様々なタイプがあって全部当てはまるとは限らないから、見定めの線引きに注意が必要だけど・・・

 相手の事を心から信じたなら、蒲池さんが言ってた様に、全てを受け止めて犠牲も厭わない覚悟を決める事だよ!
 疑いを感じるなら、自分を誤魔化してまでも無理に信じようとせず、自身に納得の出来る事か如何かを基準に判断すべきだし、
 判断が付かなければ、少し距離を置いて様子を見る方が賢いだろう?
 少なくても、その場の雰囲気に流されたり酔った勢いで調子に乗せられたり、こんな状況で判断すべき事じゃないのは確かさ!
 『カモねぎ状態』に成るのは、こんな時に押されてしまうのが切っ掛けに成るのかも知れない。
 中でも優しくて愛情の深い女の子って、この辺りの境界が曖昧だから、不器用で痛みだけを引き受けてしまう場合が多くて・・・
 一度心の傷を負った場合、傷の深さが大きい分、それを埋める以上の確かで暖かく包む様な大きな愛情と理解が必要だから、
 堕ちてしまうと抜け出すのは、時間もかかるし難しいのが実情だ。
 なかなか、そこまで懐の大きな人を探す事自体難しい注文だろうし・・・
 相手によっては遊び半分でも、ある意味、殺しと同じほど罪深い事だと俺は思う。
 擦れて、仮面を身につけている子でも、その心は何時も渇いていて、渇きを癒そうと懸命に何かを探し続けているし・・・
 例え、それが分かっていても全てが解決する訳じゃないから見捨てなきゃ成らない場合が殆どで・・・俺も辛い。
 でも、世の中、善人だけの紳士淑女ばかりでは、これまた息が詰まるし何の変化も生まれなくて面白くないのも事実だけど・・・
 そんな世の中で、本当に求められているものとは何か?
 日々自問自答していたけど、宗教は人が作り出す有りの侭の世界を見る視野の境界が狭くて限界がある・・・
 俺が言うのも変な話しだが、何れ進化した生活様式の中では、用を足さない信仰は必要なく成るかも知れないと思っている。
 ソクラテス、プラトン、ニ−チェ、サルトル、み〜んな悩んで大きくなったってサントリ−も言ってたから、そう言う事だろう。

 それは兎も角、世の中捨てたものじゃなくて、もしかしたらと思えるヒントはあった。
 それが、人生で二番目に好きな曲の中にあるのさ!」

次回に続く

2007年7月4日(水)  ZARD 坂井泉水との出会い 8
 27日の青山葬儀場では、4万人以上のファンが集ったそうで、多くの人の心に彼女の心が伝っている事を改めて知りました。
私は演出された彼女に関心は無いので行きませんでしたが、テレビ中継を見ている最中、初ライブの様子を紹介した映像を
初めて見て、その時の彼女の服から、あの日の事を忘れず覚悟を決めて歩き出したのだと思いました。

以下前回からの続き

 余計な話を多くしてしまい肝心な『才能の活かし方』について話さなければ成りませんでしたが、彼女は,
「自分の才能について聞くよりも先に、人間の“Soul”について、もっと大切な事を聞きたい!」などと言い出し、
私からすれば物事には順序があり、基本を省略する訳には行かないので、
「その話と恋愛の話は、別の機会にするとして、物事には順序があって飛ばす訳に行かないから黙って聞けよ・・・

 何故、才能を活かす事が重要に成るのかと言えば、才能とは自らが天から与えられた使命を全うする為にあると言えるし、
 天からの使命とは、才能を活かし生涯を通して、生を受けた事に対する為すべき事業を全うする事だと言える。
 人それぞれ、使命が違うのだから才能が違うのは当然。
 才能が違うならば、天から与えられている使命も違ってくる。
 自身と他人を比較して、羨んだり、蔑んだり、優越感に浸ったり、こんな事をして何になるのか? 
 子供の時は、それでも良いが大人に成って、使命を果たさなければ成らない立場に成ると、無意味な事だね。
 天に向けて弓引く行為だから、咎を受けて不運を招くのみならず、自身の才能さえも本来の姿を曲げてしまう元凶に
 成る場合が大方だよ。

 自分が何を為すべきか分からない奴は、自身の才能を知る事は出来ないし、自身の才能を理解していない奴は、自分が
 何をすべきか見失っている場合が殆どだよ!
 何を為すべきか分からない奴に、天から機会(チャンス)を与えられる事があるのか? 
 与えられる訳、無いだろ!
 天から与えられた機会(チャンス)を無駄にする奴が、事業を全う出来るのか? 
 出来る筈が無いよ!
 『己を知るとは、活きる事を知る』であり、『活きる事とは、己を精一杯表現して行く事』に他ならないからね。

 もし、自身の才能に溺れ我物顔で、欲しい侭の振る舞いをしていれば、何時か必ず天から才能の返済を求められるし、
 それに見合うだけのツケを払わされる。
 さっきも言った様に、『驕れる者、久しからず』、平家物語も伊達や酔狂で、今日まで語り継がれて来た訳じゃ無い!
 物事の道理、教えってなものが込められての話だからね。
 古典を読めば千円前後で、こんな素晴らしい教えを受けられるのだから、読まなきゃ損だろ〜?
 受験勉強だけじゃ〜ここまで読み取る余裕は無いから・・・
 昔の薀蓄も無駄じゃない、俺も、この目でハッキリと確かめて来たから間違いは無いよ!
 才能なんて、所詮は天からの借り物に過ぎない、これを贈り物と勘違いするから、転がりを起こすのさ!

 何時も考えているけど、日本中の一人一人が、自身の使命を自覚して、己の才能を精一杯活かせる事が可能な社会が
 実現して行けば、国中の一人一人に生きる喜びが訪れ、国運は尽きる事無く、子々孫々脈々と日本国の繁栄に繋がる
 筈なんだけど・・・
 現実問題、そこまでは無理な話にしても、才能に恵まれた人達が、伸び伸びと活躍出来る様な社会環境が整えば、
 日本の先行きは、相当明るさが増すって言うものだけど・・・実現させて行くには、どうすれば良いのか?今の俺には、
 未だ答えが出ていない。 
 それでも取り合えず、それらしい人の手伝いをするしかないとボチボチ活動を始めて見た最初が、蒲池さんだった訳だ。
 俺自身、今後の課題は山積しているけど・・・

 才能についての概要だけは説明したから、後は蒲池さんの好きにすれば良いよ!
 ソウルについて知りたければ、ガイドブック持って韓国旅行に行った方が気楽で好いだろう」
この様に言って笑うと彼女は、才能の活かし方も教えて欲しいと言う事に成りました。

『才能の活かし方』についての内容は、『カ−ドの切り方』の準備に関する事が多く含まれるので公開しませんが、
その中の一つ、ライバルについてだけは少々触れたいと思います。

私の人生で三番目に好きな曲は、大黒摩季さんの『風になれ』です。
大黒摩季さんの歌を聴いて、誰にも真似の出来ない才能を持って生まれて来た人だと、私はその様に思っています。
6月3日に書きました、オカマ達が用意している特別ショ−とは、フィナ−レで大黒摩季さんの『あぁ』を熱唱し私にプレゼント
したかったそうで、この歌詞と私の姿がピッタリと一致するのだと言っていました。
店には行けないと断ったので、代わりに大黒摩季さんのCDアルバム『POWER OF DREAMS』をプレゼントしてくれ、この時、
初めて大黒摩季さんの存在を知りましたが、詩を聞いていると同じ感性を持つ人が近くにいるのかな?
この様に感じました。
それはさておき、蒲池さんには、
「ライバルとは、自分と比較する対象とするのではなく、自身の姿を映す鏡にせよ!」と諭し、その方法も具体的に教えて
あります。
この前も知人の若手に教えましたが、蒲池さんに教えた事と大体同じものです。
私との話では、蒲池さん自身、大黒摩季さんの才能を非常に高く評価していましたが、蒲池さんの本心は大黒摩季さんに
伝わっていなかった様なので、人間関係での不器用な一面が現れてしまったのだろうと思います。
私が大黒さんの才能を高く評価したら、蒲池さんは、「摩季ちゃんのサインが欲しいか?」と聞いてきたので、「必要ない」と
返事したら、「変な人〜」と笑われました。
ただ、CDアルバム『時間の翼』で『揺れる想い』を聞いた時、相当に力を注ぎ最高の出来栄えの作品を求めたのでしょうが、
バック・コ−ラスで大黒さんとは思えぬ歌声を聞いて、「俺の言った事が理解出来なかったのか?」と、残念に思いました。
これも営業活動なのだから、スタッフの方針や販売戦略等もあり、仕方の無い事だとは承知しているのですが・・・

『才能の活かし方』について、必要のある方々も多いでしょうから、今後は機会があればお話したいと思います。
本来、各人の持ち味を引き出す作業ですから、万人向けの方策はありませんが、「我こそは!」と思う歌手の方がいれば、
外為探求倶楽部専用『お知らせ』掲示板の下方左側にある『管理者へメール』から、メ−ルを下さい。
音楽の専門技術は何も知りませんが、才能の磨き方やチャンスの掴み方程度の事は伝授します。
ただし、メ−ルを拝読して感動的な内容の場合のみ、要点をまとめて返信させて頂きます。
以下が掲示板のURLです。
http://8607.teacup.com/daidamonk/bbs

私が、『才能の活かし方』について話し終えると、彼女は「人を信じるとは、どう言う事か?」 これだけは、どうしても答えて
欲しいと尋ねて来ました。

次回に続く
2007年6月27日(水)  ZARD 坂井泉水との出会い 7
 彼女に『人の世を在りのまま映す鏡』について教えた場所から風景を眺めてきました。
改めて思うと、歌手の『坂井泉水さん』としてではなく、一人の女性『蒲池幸子さん』として会う事が出来たとするならば、
年下の子にとっては、優しい姉さん、頼もしい先輩として映ったに違いありません。
私にとっても彼女との出会いは、新しい発想へと飛躍する『切っ掛け』と成り、改めて大きな影響を受けた事を実感しました。

以下、前回の続き

 続いて彼女は、私の恋愛観を尋ねてきましたが、この問題は、男女差、世代間の相違、個人の価値観などで大きく違い、
単純化させるのは困難なので、以後の研究課題として回答を保留しました。
尤も私自身、恋愛関連は管轄外なので、私の方が彼女に『女心』を聞かなければ成らない立場にあります。
『あ〜ちすと』である彼女にとり、恋愛問題は中心テ−マであり様々な角度から、心の動きを描いて行きたいと話して
いましたが、描き方によっては傷付いてしまう立場の人達もあると自戒していました。

 彼女の関心が最も大きかったのは、人生や恋愛においての効果的な『カ−ドの切り方』の様で、その説明と使用方法を
求めてきましたが、簡単に身に付く程、浅い教えではありませんから、その前に、古典文学などに触れ『もののあわれ』を
感じ取れる感性を充分育む事を勧め、その感性が十分に磨けたら、作品への活かし方を見た上で伝授しても良いと返答を
しました。

私は、彼女の理解の有無は別にして、
「イズミちゃん、この世に善悪の区別、正しい、間違い、そんなもの初めから存在していないんだよ。
 それは、単なる人間の価値観で判断したに過ぎない、全てが真実、全てが必要、不要なものなんて何もありゃしない。
 誰かがやらなければ、別の誰かがやる。
 人の世は、あるがままに移ろう儚いもの、それだけの事!
 イズミちゃんには受け入れがたいかも知れないが、悲しいけど、本来の姿に過ぎない。
 俺がイズミちゃんに、愛や思いやりを歌い続けて欲しい理由も、そこにある。

 誰でもみ〜んな、例外なく人の心には必ず『一匹の鬼』を飼っててね、心の中に住む鬼って奴は、自分だけではどうにも
 始末の付かない厄介者なんだ・・・死ぬまで飼い続けなきゃならないし・・・
 その鬼達を育ててやるのが俺の使命・・・
 鬼達を慰めるのが、イズミちゃん、アンタの本当の使命だ!
 すごく難しい使命だから、歌えれば誰にでも務まる何て、簡単な事じゃ〜ないんだよ!! 
 他人よりも重い試練を背負わされたるするのは、そうした理由ある。
 俺が何を言ってるのか理解出来ないかも知れないが、遅からず身を持って知る時が来るさ。
 心の準備だけは、しておきなよ!
 丁度、俺にも、その時期が来た様だけど・・・形は良くないが、仕方が無い・・・」
この様に諭しました。

    この時の彼女の表情は、CDアルバム『止まっていた時計が今動き出した』の主題になっている
    『止まっていた時計が今動き出した』のペ−ジ右側にある写真と同じでした。
    この写真を見る度に、あの時の記憶が蘇り、何とも切ない気持ちになります。
 
この時、私は古いカ−ドを捨てて新しいカ−ドを引こうと考えていた最中でした。
その古いカ−ドを捨てる前に、彼女への餞として、最高の教えを彼女に授けたいと思ったのが全てです。
しかし、彼女には私の心にある只ならぬ気配を感じたらしく、「今、何を始め様と考えているのか?」と詰問を始めだし
私も防戦に絶えられず、胸の内を話しました。
彼女は驚愕していましたが、静かに「馬鹿だよ!」と言い放つと彼女は、私が生き方を間違えようとしていると懸命に
食い下がり、彼女から散々叱責を受けました。
私にも解っていましたが、私の方法論は誤りであり、彼女の言い分が正論です。
私も彼女に言いたい事を言っていたら、段々と気持ちもスッキリして、自らの非を認め彼女に謝罪した上で決心は
白紙に戻し、第三の選択を行う約束をし、これ以後、彼女を芸名の『イズミちゃん』では無く、本名の『蒲池さん』と
親しみを込めて呼ぶ事にしました。
この決心をした時、私は師匠をはじめ親兄弟、誰の言う事も聞く気はありませんでしたから、もし、ここで彼女に決心を
止めてもらわなかったとしたら、今頃は・・・ ん〜逃がした魚は大きくて惜しかったかも知れない???

彼女から、
「現在の初心を保ちながら、お互いに昔捨て去った自分を取り戻してみませんか?」との提案を受けました。
しかし、私には彼女の提案に何の意義も感じなかったので、
「俺は、己の決定に対して最善を尽くしているから後悔はしないし、成り行きには全ての責任を取るのが信条だから、
 過去を取り戻す事は興味が無い、したければ、自分で勝手にすれば良い」
と返答しました所、彼女から非常に痛い所を一気に衝かれ、「目を背けず受け入れる事が大切!」と何時の間にか立場が
逆転してしまい、仕方なしに彼女の提案を受け入れました。
それから、半年間程度は自分なりに昔の自分を取り戻す作業を意識的にしてみました。
得るものは、有った様な無かった様な?・・・内心は、良かったと思っています。

その後、私の方は、『初心』を残し彼女に話したのとは違う方法で、新しいカ−ドを手にしました。
新たな第三の選択として考案し成立させたのが、皆さんに良く話しをする経済の持論です。
私が『初心』のカ−ドを捨てずに新しいカ−ドを加えて、それまでの生活では有得なかった経済的要素を中心とした
革新的な自説に発展させられたのは、新しい『切っ掛け』をもたらしてくれた蒲池幸子さんの御蔭です。
ただ、彼女とは決定的な価値観の溝があり、私からそれらを埋める気も譲歩する気も全くありませんでしたから、
何れ私にとり彼女の存在自体が邪魔に成る日が来るものと察して、初めから彼女とは距離を置く積りでいました。
彼女が、私の腹積りに気がついたのは、相当に時間が経ってからの事だろうと思います。

ここまで彼女とは熱く話し込んだので時間が嵩んでしまい、最後に『才能』の活かし方について話をしました。

次回に続く
2007年6月20日(水)  ZARD 坂井泉水との出会い 6  No.95
 本当は、『ZARD 坂井泉水との出会いC』で終わらせようと思いましたが、彼女に対する誤解が蔓延しているので、
知る限りを記そうと思います。
私が固く口外を禁じた事で、彼女は自身の思う所を周囲に説明が出来ず、誤解や反感を招いてしまった節がある様です。
 時間の経過と共に、私の記憶も鮮明な部分とアヤフヤナ所があり、話が前後してしまいますが御許し戴きたい。
ただし、彼女には兵法と仏道の奥義の一部を分かり易く伝授した積もりなので、誰にでも役立つ話だろうと思います。


 私は、彼女に清らかな志が芽生えたものと感じ、非常に嬉しく成り、歌手生活を続ける上で何か迷いは無いかと尋ねました。
彼女は、「私の才能は、何処にあると思いますか?」と聞いて来ましたので、私は
「全く、芸能人らしい雰囲気が感じられない所かな?
 山の手線に乗ってても誰も気がつかないだろう〜?」と即答しました。

彼女と話をしていると、同級生か普通のOLと世間話をしている様で、何か大それた気配は全くしません。
逆に、それが大器を感じさせたのです。
彼女は、何故それが才能なのか気付いていませんでしたから、「何故か?」と尋ねられました。
そこで、私の持論を彼女に言い聞かせたのです。

「先ず、自身の才能を活かすとは、世の中を勝ち抜く為の最大の切り札だから、無闇矢鱈に見せるものじゃない。
 しかし、自身を知ってもらうには、切らなきゃいけない札もある。
 ここを確り押さえて話を聞きなよ!!
 
 イズミちゃんは芸能人らしくないし、俺は全く坊さんらしくない。
 お互いに人からよく言われる事だけど、どうしてか?
 多分、自分の中で、特に意識していないからだろう。

 学者には学者の、ヤクザにはヤクザの、警察官には警察官の、それぞれ独特の雰囲気ってものが備わってくる。
 基本的に人が動く時は、先ず考えて判断するだろう?
 つまり、とっさの出来事以外は、先ず最初に頭を使うから、それが精神に現れ言動と成って雰囲気を作って行く。
 雰囲気が無いって事は、自覚が足りないのか?超越したのか?二つの内、どちらかしか無い事を指している。
 それでも何年かやってみて、雰囲気が出ないとしたら、染まらずにいるのだから、その商売の器を超えた強靭な
 精神力を保っている証拠、誰にでも備わっている才能とは違うものなんだ!
 別の視点から見れば、普通の人よりも限界点を大きくする事が出来る才能を表すんだよ!
 俺も三年前に、イズミちゃんと同じ疑問を持って師匠に尋ねたら、そう言ってた。
 さて、一番の問題は、それぞれ持ち合わせた才能を如何活かすのかに、成功の秘密は隠されているんだが・・・

 イズミちゃんは、みんなの為に曲を作るって約束してくれたから、極意を教えよう!!
 最初に、何故、強靭な精神力が成功に必要なのか? 実例を出すと・・・

 渡辺美里は、知ってるね?
 俺にとっては・・・友達の友達の友達って、無関係に近い状態だけど同級生の様な感覚かな?
 デビュ−当初、『美里をスタ−にしよう』って目的で、周りが動き出して輪が広がって、俺の所にも話が来た。
 友達が美里に会わせてくれるって言うから、本人に会って話をしたら、さっぱりしてるけど魅力に溢れた奴で、
 『気にスンナよ!これから友達でいいじゃんか!』  な〜んて言って、何処にも飾り気は無かった。
 スゴイ奴だな、もしかしたら、みんなが真似の出来ない大きな事をするかも知れない・・・
 こう思った時、『みんなで美里の夢を叶えてやろうぜ!』って盛り上がって、美里も『みんなの為に力一杯歌う』って
 こう言っていたよ。
 デビュ−曲からずっ〜と続けて、ラジオ局にリクエストしたり、ベストテンにリクエストの葉書を出したりしていたら、
 『My Revolution』が大ヒットして、美里とみんなの夢が叶って嬉しかったけど、美里からのメッセ−ジを受け取れた
 事の方が、俺達には遥かに嬉しかった。
 人生で一番好きな曲。
 
 でもね、月日が経つと人の心は移ろうもので、美里もみんなの為でなく、自分の為に歌いだした様な気がした。
 何しろ、自分一人の才能で成功してしまった様な感じに成ってたから・・・
 それを『進化』と呼ぶか?『慢心』と呼ぶか?受け取り方は人それぞれだろうが、最初の頃とは別人に成ってた。
 みんなの方を見忘れて、芸能人の方ばかりに気を取られるから、肝心な事がお留守に成ったのかも知れない???
 単に盛り上げようと演出をした所で、熱い何かが伝わらないと、みんな段々と褪めて来るし、俺達自身も就職や結婚と
 言った転機を迎えたら、誰かの為に何かをしようとの熱い情熱も余裕も無くなる・・・。
 
 それでも曲に惹かれたファン達は暫く留まるから、勢いは続くけど、曲に惹かれている人達は、何時か新しい魅力を
 感じる『あ〜ちすと』の歌へと心は移って行く。
 俺達は友情の集まりだったから、心が同じ方向にある限り、美里から心が離れる筈無かったけど?・・・

  人間は成長を始めると新しい可能性を求めて脱皮したくなって、カ−ドを切る、そのカ−ドは大概が『初心』なんだ!
 『初心』のカ−ドを捨てる時、何を得て何を失うのか? 自分なりに覚悟を決めないと後悔だけを生む事につながる。
 美里は、『Big』に成りたくて、古いカ−ドを切って、新しいカ−ドを手にした。
 美里の旅立ちに、俺達は何も言わずに見送った。
 そして、俺達自身も自分の為に古いカ−ドを切って、新しいカ−ドを手に入れて旅立を始めた。
 全ては、あるがままの成り行きに過ぎない話さ。

 イズミちゃんも自分の恋愛経験を重ねてごらん!
 現象は違うけど、人の心の原理原則は同じだから、俺の言っている意味は間単に理解できると思うよ。

 もし、イズミちゃんが『お金の為』に歌手を続けたければ、その時は迷わず『初心』を捨てろ!
 もし、『生きた証』を建てたくて歌手を続けるなら、何があっても『初心』を守り続けて、自分らしさを捨てず、迷わず歩け!
 初心を保とうとすると相当な忍耐が必要だから、精神力の強さが分かれ道に成る!!
 自分らしさを貫こうとすると周囲からは『我がまま、身勝手』に映るから、当然摩擦も増えて迷いも起こるが、 それでも
 誤解や反感を恐れず、己の道を歩めるのか?どうなのか? 己の真価が問われる。

 でもね!理想は飽くまでも理想に過ぎない、現実との妥協点が必ず必要に成るものだよ。
 『何処まで己の筋を通し、何処で現実と妥協をするのか?』
 このカ−ドの切り方が、人生の限界点を変化させる作業につながるから、イズミちゃんの志を理解してくれて心を一つに
 出来るスタッフと共に歩む必要が出てくる。
 誰でも一人で生きるのは苦しくて悲しくなる時が必ずあるから、良き理解者は絶対に必要だろ?
 腹を割って話し合えるスタッフは大切にしろよ!
 決して、己だけで全てを動かしているなどと大それた勘違いしたら、ダメ!
 そこから、『驕れる者、久しからず』、下降の運気が出てくるものなんだよ!!
 何もイズミちゃんに限った話じゃなくて、誰にでも言える事だけど・・・

 何をどう選択するのかは、イズミちゃんの心一つだけど、『みんなを忘れたら、みんなからも忘れられる』
 これだけは、真実だから絶対に忘れるな!『約束』だ・・・」

 彼女は、「多くの人達の心を大切にします」と約束してくれました。

次回に続く

 彼女の大まかな軌跡をたどると、彼女は『生きた証』を求め、多くの人に心を届けたくて歌い続けたのだと思います。
それは、私との『約束』を守り通した姿から、他の人には推量れない彼女の気持ちが、私には痛いほど良く分かるからです。
今週末から、彼女と会った時の場所へ赴き、彼女を偲んで来ようと思います。
彼女と見た、私のお気に入りの風景が今もそこにあるから・・・
2007年6月16日(土)  ZARD 坂井泉水との出会い 5
 この度の出来事で久々の感傷に浸り、私にとって非常に良き薬と成りました。
常々、このような所で大層な事を言っていても、私自身の行いに不足がある様では、全く申し訳の無い次第です。
今後は、身を慎み精進を怠らず日々の鍛錬を重ねて参ります。
サイトの運営内容等は商業的な要素だけでなく、人生観や思想、信条なども積極的に取り入れ掲載致します。

 様々なメ−ル等も頂戴しましたが、何故、私がここまで彼女の死を嘆き悲しむのか、その理由も書き記しておきます。
前回までの話は経緯を掻い摘んで説明したに過ぎませんが、これから記載する彼女との会話は、人生訓としても十分に
役立つものと思います。


 彼女が訪ねてくれる数日前の話、散歩をしていると中学生の少女に呼び止められ相談に乗って欲しいと頼まれました。
「家が借金で貧乏だから、お客を取ります。
 お客は、凄く痛い事をするので苦しくて耐えられません。
 ビデオにも出ました。
 妹も中学に成ったら、お客を取ります。
 可愛そうなので、妹を助けて下さい。」
との事で、彼女は、近所のオバちゃんが、私に相談すれば、解決してくれると言ったのを聞いて訪ねて来たそうです。
私も立場上、事情を聞いてしまえば放っておく訳には行きません。
この様な話を聞く度に、切なくて胸が張り裂け、譬え様の無い怒りで満ち溢れ、心が治まらなく成ります。

これも世間の生き地獄を現す一片に過ぎませんが、近所でさえ見兼ねても助けられない様な複雑な環境下にある、
この様な少女をどうして、私が救えると言えるのでしょうか?
その様な事、到底無理な話です。
通常の場合は、警察か児童相談所に相談すれば概ね解決の道も開けるのですが、『世の中の必要悪』に組み込まれて
いる場合は、行政でも解決は先ず不可能です。
現実に、親が自分の娘を売り物にしながら生計を立て、その少女を求め多くの男達が群がっているのですから・・・
恐らく、現場に携わる諸君なら、私が何を言いたいのか理解して戴けるものと思います。
世間知らずの人達は、薄っぺらな同情と軽薄な博愛主義に満ちていますが、世の中の闇には何の役にも立ちません。

私の選択肢は二つ、
@因果を含め少女に我慢させるのか?
A背後関係を一切無視して少女達に救いの手を差し伸べるのか?
どちらにせよ、少女達の心には癒える事のない深い傷を残し、将来に希望を与える事は相当難しい筈です。
しかも対応が悪く失敗すれば、この少女は鬼畜どもから、酷い折檻を受け二度と立ち直れ無く成ってしまう可能性が高く、
仮に成功して少女達は助けられても、母親は二度と浮かぶ事の無い世界に突き落されるのは目に見えています。

それでも私は、「国士としての信条を果たすべし!」と自身に言い聞かせ、少女達だけは何とか助けようと背後に関係する
連中との揉め事も想定し自身の死を覚悟しました。
そこまで行かなくとも行政が動かず、少女に危険が及ぶ様ならば、私が鬼畜の母親等まとめて天誅を下し自らの将来と
引き換えに、『この少女達に未来を与えよう』、この様に考えていました。
ただ、私の周囲には、どの様な迷惑もかける訳には行かないので、全てを自ら背負い自決の準備を整えておき、誰にも
相談せず、警察に赴いたのです。
幸い、担当してくれた警察官は、直ぐに保護した上で関係機関に手配をしてくれ、事はすんなりと運び、最悪の事態を
避る事が出来て、私は心から安堵しました。
帰り際、警察官から「この子は、本当に運が良かった!」と言われた時、世の中には多くの救われない悲しみがあるのだと
実感しました。
よそ者の無鉄砲な国粋主義者の荒法師が、血相を変えて相談に乗り込んで来たから仕方が無かったのかも知れません。
事情を考えれば、地元の者では危なくて手が出せなかったと思います。

彼女と初めて会い、この話をしましたが、彼女以外には誰にも話さず、今日まで自分の胸にしまい続けていた話です。
この様な事情が、私の心を乱していて、大スタ−として生きる彼女を素直に歓迎出来なかった一因でもあります。
私は、この胸の内を彼女に話した上で、
「イズミちゃんが、赤坂、六本木辺りで豪遊している同じ星の下では、泣いている女の子も大勢いる。
 何も困っているのは、アフリカの土人の子供達だけじゃなくて、日本国内にも未来の消えた苦しみは、山ほどある。
 救えないまでも、せめて希望や温もりを感じさせる様な曲、10曲のうち1曲で良いから、自分の為に作る曲じゃなくて、
 誰か顔も名前も知れない人達の為に、愛する喜びを伝えて欲しいんだけどな〜〜
 この子達も大人に成った時、男性不信で恋も出来ないようじゃ可愛そうだろ!
 恋の素晴らしさ、愛する気持ち、こう言った女の子の気持ちが大切なんだよ〜
 俺のお経じゃ、シラケテ誰も喜ばないし何の役にも立たないし、こんな事、歌手でもなけりゃ出来ないんだよね〜」
この様に話し、改めて曲作りを頼みました。

彼女は沈黙してしまい、私も『だめか〜〜』と思い、『ん〜〜〜〜』と言う様な感じに成りましたが、漸く彼女は口を開き、
「素敵な生き方ですね、これからも続けて下さい。」と言って来ました。
???、私は思わず目が点に成り、
「・・・イズミちゃん、ボクは怪傑ズバットじゃないから、そんな生活続けてたら、何時か殺されちゃうよ〜」と返答しました。
彼女は、何か宙にいる様な感じで、
「誰かの為に一生懸命に成るって、いいですよね〜
 心が通じ合えれば、それだけで幸せかな? 
 本当は、そうなのかも知れない〜 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
何やら言い出し始めましたが、私には良く分からないので聞き流しました。

どうやら考えがまとまったらしく
「少し時間はかかるかも知れませんが・・・・誰か、みんなの為に心を込めて曲を作ります。
 私の曲で幸せを感じてくれる人がいるなら・・・
 『あ〜ちすと』って素敵ですよね・・・」

私は、『オマエ、さっきから、そう言っているだろう!!!』と内心その様に思いましたが、
「そうです。
 見返りも何も求めず、自ら進んで、誰かの為に自分の出来る事を行ってみる。
 得るものは無いかもしれないが、愛と言う目には見えない力が自身に備わるのです。
 貴女は才能と運に恵まれ、活躍しておられる。
 その力を思う存分、発揮して日本国の発展に寄与して戴きたい!
 それが、日本国の将来を発展させる原動力と成り、未来を開くには、その力の結集が必要なのです!」
この様に申し上げましたが、どの程度彼女の理解が得られたか否かは分かりません。
しかし、彼女は、
「何か分からないけど・・・とっても新鮮な・・・何かが掴めそうな気がします」
こう言う彼女の表情は、実に晴れやかで優しさと明るさで満ちていました。

『彼女が守っていると言う約束』の一つが以上の様な事情です。

 私を知る方々なら、話の真偽を一々疑う者は居りますまい。
況してや、何の恩義も無いレコ−ド会社の肩を持つなど到底有得ない話です。
しかし、彼女を知る者として、一言申し上げておきたい。

@デビュ−当時の話題写真をインタ−ネットで見ましたが、完全に目が死んでいます。
 芸能界には良くある、仕方なしの仕事です。
A彼女は、ご両親からの行き届いた躾をキチンと受けています。
B彼女は、馬鹿ではありません。
 ただ勝気な性格が災いし忠告を聞かずに損をしています。
C感性で解り難い所がありました。

週刊誌等の記事は、全て間違いとは思いませんが、相当に大げさに書かれています。
社会的影響度を考え事実関係をキチンと把握した上で記事にした方が良かったと思います。

次回に続く

2007年6月7日(木)  ZARD 坂井泉水との出会い 4
 前回の続き

 恐らく彼女には彼女成りの答えはあると思いましたが、私から口火を切りました。

私:「私ね、幾ら考えても『真実の愛』なんて、特殊で大げさなもの無いと思う。
   どんなに愛につながる言葉を並べ続けても、『何気ない思いやり』に勝るものってあるのかな〜って?
   自分自身、一番嬉しい事だし、知らないうちに感謝されているし、イズミちゃんの今日のその格好、私への気遣いだよね?
   心の凍えている私には心温まりますよ。
   人はそれぞれ、立場によって好みは変わるし、その日の気分でモノの見方は変わるけど、気遣いって何時でも何処でも
   誰でも嬉しいものだよ。
   イズミちゃん歌手なんだから、いろいろな人の立場にたって、優しく言葉をかけられるだろ?
   多くの人に思いやりを伝えられるなら、それが一番素晴らしい詩だと思う。
   『好きです、くっつきました、別れました』
   これって、心の詩じゃなくて天道虫の交尾観察日記と同じ。
   『摘み食い中の愛です、すきだから耐えてます、そのうち何とか成るかも知れないから頑張ります』
   こんなもの単なる恥知らずな馬鹿女の狂想曲でしょ・・・何か価値あるの?他人に歌って聞かせる話じゃないね!

    子供のころ、月曜の7時半から一休さんやってたよね・・・見てただろ!
   その時、笹川さん、お父さんお母さん大切にしようって言ってたけど、親の愛って『真実の愛』だよ!
   親の愛に対して報いられないような奴が、どうして他人から特別な愛を得られるの?・・・有得ない話だね。
   27歳の時、笹川さんに会って、物申した事があるけど、そしたら、今後、君とは対等の付き合いをしようと言ってくれた。
   横にいた、右翼の大物は青くなって冷や汗びっしょり掻いていたけど、笹川さん凄く嬉しそうだった。
   そしたら、玄関まで見送りに来てくれて、堅い握手して、何日かしたら激励の手紙までくれて、食事も誘ってくれた。
   あれだけの大物が、偉そうにもせず、小僧に対して丁重な敬意を払えるのだから、肝っ玉が違うよ!
   笹川さんの言葉、魂が入っているから、心が振るえた、愛も入っていた、温もりで溢れていた。
   後から気がついたけど、若者を育てようと胸を貸してくれたんだな〜って! これも懐の深い親の愛だ。
   ・・・イズミちゃん親の愛、粗末にしてないか?

   何時も思うけど、魂と魂の触れ合いって、必ず何らかの愛を生む!
   心から心へ伝わって行くもの、それが愛だと思うけど・・・
      
   正直に言うけど、イズミちゃんの手は穢れてる・・・
   けど『思いやり』を祈りを込めて、皆の魂に投げかけてあげれば、人は必ず共感の波紋を打つ、それが大きなうねりに
   成って、人々の中に思いやりが満ちてきて、何時の日か優しさで世の中を変えられる筈だよ。
   その時、手を穢してでも歌手をして良かったな〜って、心から思える日が来ると思う!!」

この時、彼女の目からは、大粒の涙が落ちました。

その後、彼女の実家の近くで、バイク事故を起こして死に掛かった事やら諸行無常やら色々と話をしました。
彼女にとっての『真実の愛』とは、
「ありのままの全てを受け止められる事」だそうです。
彼女には、受け止められずにいる苦悩があったのかも知れません。

帰り際、不動堂から、りんごを3個ほど下げて、「赤い果実を見たら、今日の事を思い出せ!」と言って渡しました。
彼女は笑いながら、「また、会ってください」と握手を求めてきましたが、私は
「心の時間が動き出し、純粋な心で詩が歌えるようになったら、それを曲にして欲しい。
 何時も遠くから見守っているから、それを感じ取れたその時は手紙を書く、その時は喜んで会いましょう。
 全面的に協力するよ」
この様に堅く約束を交わし握手をしました。
半年後、寺務所で『約束守っています』と、女性からのメモを受け取りました。
それから程なく、私も関西を後にしました。

 それから月日は流れ、四年前、彼女の心の時計は動き出したようです。
恐らく、私と会った時から、その後の五年の間に、彼女は計り知れない苦悩を抱えていたに違いありません。
もし、三年前に出たアルバムを聞いていれば、彼女に手紙を書き、この度の様な事態は避けられたかも知れません。
否、絶対に防いで見せました。
先月、中ごろ、彼女のCDを聞き、メッセ−ジに気づき手紙を認め様とした矢先に、彼女の訃報を耳にしました。
後1ヶ月待っていてくれれば、少なくとも彼女の最後を看取る事は出来たと思います。
彼女は、三年間と言う間、新しい境地を開くため、ずっと私を待ち続けていたに違いありません。
私は、祈師としての勤めを疎かにし約束を違え掟に背きました。
私自身、人の心を忘れていた報いを受けたのです。
心を閉ざし過ぎていました。
ただ、彼女自身の所業は如何だったのか?
今となっては、全てが致し方の無いことです。

彼女への祈りは、生涯奉げる積りです。
この度の事を深く反省し今後のサイト活動の方針も見直し、もっと多くの人の心に届くような活動を心掛け、企画変更を
行いたいと思います。
少なくともこのサイトを御覧の皆様との御縁は大切にします。

(6月8日追記)
 多くの方々から、慰めの御言葉を頂戴致しました。
心から御礼申し上げます。
彼女の死により、今まで心に停めていた志を貫く決心が堅く出来ました。
2007年6月5日(火)  ZARD 坂井泉水との出会い 3
 前回の続き

 私は初めから、もし本人自身に愛の迷いがあるとすれば、ヒントを求めに来ると感じていました。
何度も書きますが、『真実の愛とは何か?』、実際に、この問題を探求するのは実に奥深い課題です。
概念的な在り来りの説明をするなら然程難しいものではありませんが、その情景を詩に描き、多くの人々に魂の波紋を起こさせ
共感を呼び込もうと言うのですから至難の業です。
『あ〜ちすと』からすれば、新境地が開け作品の幅と奥行きも広がり、様々な効果が期待できる画期的な作業と成り得え、
歌手活動だけでなく、私生活の充実にも『真実の愛』は大切だと思います。
ただ、愛と言うのは恐ろしい副作用もあり、扱い方を誤ると特定の物事や人物に執着してしまい苦悩だけを生みます。
この時、単なる自己欲の情念を『真実の愛』と勘違いしたまま、多くの人々に魂の波紋を起こさせ様とすれば、反作用を生じて
しまい、やがて、その咎は自身に及び、一番大切なものを失う事に成りかねません。
彼女の選択は、別として、一応の手掛かりは示しておきましたが、『真実の愛などあろう筈もないが・・・』としてありましたので、
彼女の反応を楽しみにしていました。

 初めて実物の彼女を見た瞬間に心臓が止まるかと思ったのは、大スターの彼女が一人で来てくれたからではありません。
キリッとした覚悟の姿には、女修羅が戦を挑みに来た様相を示していたからです。

  少し横道に逸れますが、空想では無い人間界においての『修羅の相』について説明しておきます。
  世間で良く言われているのは競争心や闘争心、嫉妬心が強い人の事を指しますが、修羅の相を持つ人とは、
  更に、観念での戦いに優れ、相手の腹を探るのに長けているので、嘘や誤魔化しは、なかなか通用しません。
  殺気は、観念の過程で発生します。
  通常の人には判断出来ないでしょうが戦いに入る際、目の色が違ってきます。
  女の修羅は、執念深く、自分からは納得するまで戦いを止め様とはせず、持久戦に強い特徴があります。
  その内面の激しさは一筋ならでは手に負えず、時には、その情念より分別を失い己の身を滅ぼしてしまう程です。
  この様な人を相手にするには、適度にはぐらかしながら話を進めるのが得策です。

一目見て、「まいったな〜、程々にしておこう!」、この様に思いましたが、冗談で迎えて勤めて明るく振る舞いました。
応接間に案内する際、背を向けるとやんわりと闘気がします。
こちらの腹を悟られない様に勤め、取り敢えず応接間に着くと挨拶もそこそこに済ませ、お茶を勧めましたが、最初から
「私達は、似ている所があります」、と彼女は切り込んで来ました。
この手の人は、口数は少なくても要点を押さえながら、進めて来ます。
 *以下、記憶にある会話のみ記載
私:「いや〜、そんな事ありませんが、大凡は手紙で書いた通りです。
   時間も無いのに、わざわざ来て戴かなくても手紙か使いを遣して下されば、不明な所は説明しましたのに〜
   話の中で、哲学的で解り難い所があったら何でも聞いてください、大した御手伝いは出来ませんが、良い曲が
   出来る様、お祈りしています」
彼女:「・・・逃げてませんか? 私に愛なんて描けないと思ってますよね?・・・」
私:「逃げず誠実に答えます。
   逃げてる訳ではなく、戦いの覚悟を決めて来ている人と激突するのを避けています。
   愛が描けるかどうかは分かりませんが、愛に泳ぎ疲れてたら、愛のリポビタンDでも飲んだ方がいいでしょう。
   ただ、『あ〜ちすと』なら愛のテ−マは、避けて通れませんよね、でも、愛を描くのって本当は相当に難しいですよ。
   それに、私生活でも愛は必要でしょう。
   何をどう選択するのかは、自由ですから好きにしてください。
   手紙にも書きましたように、愛を扱うのは危険でもあるから十分注意したほうが良いと思います」
彼女:「本当は、誰のファンですか?」
私:「森高千里です」
彼女:「それで、どうして私に教えてくれるのですか?」
私:「揺れる思いは、私の心にも響きました、久々に好い響きでしたよ、その御礼です。
   それに、多くの人達から愛されているのだから、皆の期待に応えるのも一つの勤めでしょう。
   私も良い歌をたくさん聞きたいと思っています。
   手紙持ってきているでしょう?あれ返してください。
   あなたには、もう不要だ。
   それに手紙の内容と今日の出来事は、絶対誰にも秘密、死ぬまで明かさないでくださいよ。
   もし、明かせば浦島太郎同様、大切なものを失いますからね!
   本日は、ご苦労様でした」

お茶をだしてから、そそくさと5分以内で話を済ませてしまい、手紙を受け取り「やれやれ終わったか〜」と思ったのですが、
矢張り彼女は動く様子も無く、じっと私を見つめたままでした。
私:「仕方が無い・・・折角、私の為にその格好をしてきてくれたのだから、誠意を有難く頂戴して、腹を割って話しましょう。
   ただし、論争は無し、感情論をぶつけてきても折角の会談が直ぐ修羅場にかわりますから・・・
   似たもの同士の修羅が二人、顔をつき合わせているのですから、既に修羅場ですよ!
   それで、『真実の愛』に、大体どのようなイメ−ジを持っていますか?」
彼女:「・・・」

矢張り、いざとなると?

次回に続く

2007年6月3日(日)  ZARD 坂井泉水との出会い 2  No.91
 矢張り、簡単に済ませるのではなく自らの懺悔を込めて、話を進める事にします。
この掲載が終わるまでは、全ての活動を中止し掲示板を書き続けます。

以下前回の続き

 そもそも事の起こりは、実に馬鹿げた話が、切っ掛けです。
私が参道にある、たこ焼きの露店で、たこ抜きのたこ焼き(単なる粉焼き)を食べていると、椅子の隣に、物凄く不気味な化粧を
した、オカマが、
「あ〜ら、和尚様、たこ焼き〜美味しそう、お飲み物持ってきますわネ」などと言いながら、コ−ラを持って来て、隣に座りました。
本当は、「たこ焼きが不味くなるから、向うへ行け!」と言いたかったのですが、ペラペラ喋り出し取り付くヒマもありません。
たこ焼きも食べ終わり、何とかその場を逃げたかったのですが、腕を掴んで離さず、かと言って蹴り倒す訳にもいかないので、
仕方なく、身の上話を聞く羽目に陥りました。

話の中、このオカマは失恋したそうで、恋人のが他の女の所に去り結婚するのだそうです。
私に言わせれば、単に男が正気へと戻っただけの事ですから、寧ろ望ましい事だと思うのですが、当人からすれば、同じ
オカマ種族に盗られるよりも女性に盗られる事の方が、心は遥かに傷付くのだそうです。
この時、オカマに、「和尚様、真実の愛って何なの〜!!」と激しく迫られた事に始まります。

『オカマに真実の愛は芽生えるのか?』
私には考えるまでも無い事であり、読者の皆様にも様々な考えはあるでしょうが、大凡の考えは同じだと思います。
そこで、私は
「オマエな〜、愛ってものが、どんなものか知ってるのか?、俺は愛なんてものは信じん。
 そんなものは、ゴキブリのウンコと同じで、何の役にも立たん!安物の香水以下、プンプン臭いだけだ。
 それでも愛が欲しいって言うなら、愛は受け取るものじゃなくて、与えて初めて値打ちがあるってもんだ!!!」
こう言い放ち立ち上がると、オカマは口をポカンと開けたまま呆気に取られていました。
それまで愛について考えた事はありませんでしたが、オカマ程度の気の迷いを断つ事ならば、これで十分だと思いました。
それはそうと、『真実の愛って何だろう?』 私の心中に疑問を感じ始めたのです。
そこで、様々な方面に『真実の愛とは何か?』聞いて見ましたが、何となく解った様な解らない様な、要するに私の知る
範疇の事しか出てきませんでした。
この問題は、いざ、訊ねられて見ても、なかなか答えに詰る奥深い課題です。

この一件以来、オカマ達が寄って来ては、たこ焼きやジュ−スを接待してくれる様に成りました。
しかし、オカマに物をたかっているなどと、直ぐに陰口を言われる様に成るから嫌な思いをするので、接待を断ると皆は息を
呑んだ様に暗い顔をするので、仕方なく御馳走になりながら、話を聞く事にしました。

実の所、オカマ達は、自分達が他人からは受け入れられず、まともに相手にされない事も況してや他人から愛など与えて
貰えない事も初めから全て承知しているのです。
自ら望んで選んだ道だとしても一人で生きて行くのは辛い、少しで良いから誰かに損得なしで気にかけて欲しい、ただそれだけ、
裏切られたり、踏みつけられたり、世の中の底を這うように生きていても、それでも顔に出さず陽気に振舞う者達をクズとして
一蹴する事は、私には出来なかった・・・

そんなある時、オカマ達が店に来てくれなどと言い出し、特別ショ−を用意するとの事でした。
そこで、好きな歌手は誰か聞かれましたが、流石に店までは行く気に成れません。
しかし、話の流れとして、「森高千里の大ファン」と答えた所、「エッチ〜、イヤラシイ〜ゎ」などと黄色い声が飛び沸き立つ
ものですから、流れを変える為、「お前達は誰のファンなんだ」と聞きましたら、「イズミちゃん最高よ〜、胸が時めくゎ〜」
などと口々に言っていました。
私は、テッキリ『泉谷しげる』の事だと思い、「そうか〜泉谷しげるなんて、お前達シブイな〜」と言いましたら、周り中から
どっと笑いが起き、人だかりが出来て、大変恥ずかしい思いをしました。
わいわい言いながらオカマ達が、「揺れる思い」を歌いだし、始めてポカリ・スウェットのCMソングだと気がついたのです。

それから、しばらくして、オカマの親分が、「揺れる思い」のアルバムをプレゼントしてくれ、曲も聴きましたが、ジャケットを
見たとき感じ取った坂井泉水の第一印象は、『何て影のある陰気臭い女だろう』と思いましたが、オカマ達は口々に、
「イズミちゃん、とっても苦労人ょ〜」などと彼女の内面を見抜いていました。
そうかも知れないが、私の『ありがた〜い話』よりも、陰気臭い女の歌の方が、多くの心に染み渡ると言うのですから、
複雑な思いはあります。
とは言うものの時代が必要とした人なのでしょう、それは、仕方がありません。
しかし、私の様に人の生き血が飛び交う生き地獄と向き合う者からすると『何がどう良いのか?』さっぱり解らないのです。
そこで、発売されているCDのアルバムを全て買い、聞き比べましたが、作詞よりも作曲で助けられている印象が強く、
所詮、薄っぺらで魂の篭っていない奴の作品なんて、『藁の案山子と同じ』、そう私は思いました。
それでも彼女の作品により、多くの人々が感銘を受けるのですから、彼女に日本中の人々に魂の揺らぎを起こさ共感を
与えさせれば、救いを得られる人も多少は増えるだろう、そう考えたのです。
そこで、「和尚様、真実の愛って何なの〜!!」と激しく迫ってきたオカマに、お前達のアイドル、イズミちゃんにファンレタ−を
書いて『真実の愛とは何か?』、曲にして伝えて欲しいと頼めと言いましたが、オカマは、大スタ−が取り合う筈無いと
嫌がるので、仕方なく奥義の一つを教えファンレタ−を書かせました。
人の心と心は必ず波紋を打つもので、丁度、湖に石を投げ、湖面に石が触れると水面に波紋が広がるのと同じ感じです。
魂が軽薄だったらしく、結果は全く現れませんでした。
単にファンレタ−を届けるだけならば、プロダクションの社長が直接取り次いでくれる様な筋に頼めば簡単ですが、
それでは、邪道、本来の崇高な思いは伝わりません。
矢張り、私がやらなければ駄目なのでしょう、私としては、森高千里のファンなので躊躇いはありましたが、後は彼女の
器の程度次第なので、全てを神仏の判断に委ね彼女の魂にノックをしてみました。

矢張り、彼女は現れましたが、とんだ修羅場に化すとは思いもよりませんでした。

次回に続く
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