外為探求倶楽部『相場入門』  HOME 相場道入門

2.中庸の一節

 凡事予則立、不予則廃。言前定則不『足偏に合』、 (原文の字は変換出来ませんでした)
 事前定則不困、行前定則不疚、道前定則不窮。意訳すれば、
「大方の場合、物事を始める際に、備えをした上で行えば成立するが、備えを怠り物事を始めても廃れてしまう。
 言葉を前以て定めておけば、話に躓く事は無く、事柄を前以て定めておけば、物事に行き詰る事も無く、
 行動を前以て定めておけば、行いに気が咎める事も無く、道筋を前以て定めておけば、手立てに追い詰められ
 苦しむ事は無い。」
意訳に関しして、解釈等見解云々の相違はあるでしょうが、ここは御許し戴きたい。
もし、必要を感じるならば、様々な出版社が『中庸』を出版しているので、是非、そちらを、参照して下さい。

『中庸』の一節から、入りましたが、儒学を論議しようとか、漢文の講義をしようとか言う訳ではありません。
これは、物事諸事万端、全てに当てはまるので、是非、物事の心構えとして、日常生活に取り入れて戴ければ、人生の苦境時に対する
諸々の度合いが違って来るので、皆さんに勧めています。
挨拶文でも述べました様に、「砂上の楼閣、脇の甘い者に、長く繁栄した者無し」と言うのは、私の体験上、実に多い相談事の一つでした。
別に、今更言われずとも、「この程度の事は知っている」と思われる方は多い筈です。
しかし、実生活の中で、身の周りを見渡して見ましょう。どうでしょうか?
相場に関する問題に限らず、ビジネス、人生、対内外政策、諸々で行き当たりの、その場任せは、相当見受けられます。
『もう少し、算段を確りしていれば、ここまで酷い事に成らないのに!』と思わされる事柄は、随分と多くはないでしょうか?
世間で問題に成っている事柄の多くは、基本的な備えを疎かにしている事に起因している場合が多く、深刻な事態を招いてから、対応しよう
とする後手の姿勢が大方では無いかと思います。
もし、ある程度の備えが確りしていれば、大方の問題は程度が軽くて済んでいる筈です。
仮に相応の準備をして、備えていても、それでも実際の所は予測不可能な事態が起きてしまい、常に上手く行く訳では無く、痛手を受ける
事も多くあります。
相応の準備無しでも、上手く行く時はあるのですが、それは偶々運が良かっただけの話で、何時までも続く訳では無く、何れ大きな痛手を
受ける羽目に陥ります。
相応の備えをしていても、予測の付かぬ事が多いのに、何も備えをして、いなければ、先が見えているのも『自明の理』と言う事ではないで
しょうか。
 さて、中庸の一節ですが、何か特別な事を言った居る訳ではありません。
しかし、解っては居るものの、実行しているか、否かは全く別問題であります。
私が、相場の伝授を受ける際に、
「知識を得て、使える様に成ったら、始めて物事が動かせる様に成るのであって、何も解らない状態では、物事に翻弄されてしまい危険が
 大き過ぎる。 
 先ず、備えを養う事が、身を守る最低限の条件であり、この条件が満たされて居なければ、物事を成す前から、既に結果は見えている。
 気が付かないのは、当人だけの話である。」
この様に、堅く戒められ、私自身、この点には、特に重きを置いて注意しています。
『中庸』は、その様な私にとって、何より有難い忠告を授けてくれます。
 物事は「知っている」と言うのと「身に付いている」と言う事は、次元の違う話であり、『中庸』の説く『備え』も、言っている事は重々承知して
いるのですが現実に事を動かす時、「何を、どの様に、如何にすれば良いのか」迄は、充分に支度を整えられて居ないと言うのが実際の
所です。

相場の様な厳しい世界に身を置いてみると、直ぐ、この点が焙り出されてきます。
『玄人筋(単なる金融従事者とは別)』と言われている方々の中で、息の長い方ほど、経験による備えは充実しています。
もし、機会があれば、この様な方々に相談し不備を指摘して頂くのも、備えを充実させる為に効果的な手段です。
それには、先ず、最低限の心構えと、真摯に教えを受ける態度、何よりも、経験豊かな先生を探す事が、一番大切だと思います。
しかし、口で言うほど、世の中は甘くありません。
自分の積み上げてきた『ノウハウ』を容易く与えて下さる方など、滅多に居る筈も無く、良い師匠と巡り会える事は、相当な幸運に恵まれ
ないと難しいと言う事です。

2004年5月21日 大太法師 記

アクセス解析&SEM/SEO講座 for オンラインショップ開業/運営